ハワード・ジン
人物情報
生誕 (1922-08-24) 1922年8月24日
アメリカ合衆国 ニューヨーク市ブルックリン
死没2010年1月27日(2010-01-27)(87歳)
アメリカ合衆国 ロサンゼルス
出身校ニューヨーク大学、コロンビア大学
学問
研究分野歴史学・政治学
研究機関スペルマン・カレッジ、ボストン大学
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ハワード・ジン(Howard Zinn, 1922年8月24日 - 2010年1月27日)は、アメリカ合衆国の歴史家。同国内では『民衆のアメリカ史
』(A People's History of the United States: 1492 – Present)の著者として名高い[1]。政治学者、社会評論家、劇作家としても活躍。1922年、ニューヨーク市ブルックリン生まれ。1943年から1945年にかけて、アメリカ合衆国陸軍航空隊に勤務。最高位は少尉で、欧州戦線で爆撃手として従軍した[2]。戦後、ニューヨーク大学で学び、1951に卒業。大学院はコロンビア大学に移り、1952年に修士課程を修了し、1958年に博士課程を修了した。
1960?61年、ハーバード大学で東アジア研究のポストドクター研究員。1956?1963年、ジョージア州アトランタのスペルマン・カレッジで歴史学教授。1964?1988年、ボストン大学で政治学教授。ボストン大学に勤務していた際には、マサチューセッツ州ボストン近郊のニュートンのオバンデール地区に妻のロスリン・ジン(Roslyn Zinn)[3]と居住していた。また、 パリ大学 と ボローニャ大学の両大学でローズ研究員・客員教授もつとめた。2010年1月27日、心臓発作のため米ロサンゼルス郊外で死去、87歳。
業績、主張
ジンの思想はマルクス主義、アナキズム、民主社会主義の影響を受けており、1960年代から公民権運動や反戦運動の分野で活動してきた。
ノーム・チョムスキーとは政治活動上の親交が深かった。
門下生には、アリス・ウォーカー がいる。
下記に記す通り、20冊を超える多数の著書がある。
家族・親族
妻:ロスリン・ジンは画家であるとともに編集者でもあり、夫の全ての著書や多数の記事の編集に関わっている[4]。夫婦にはマイラ(Myla)とジェフ(Jeff)という2人の子供と5人の孫がいる。
娘:マイラ(Myla)の夫はジョン・カバット・ジン。
著作
単著
LaGuardia in Congress, (Cornell University Press, 1959).ISBN 0-8371-6434-6, ISBN 0-393-00488-0
The Southern Mystique, (Knopf, 1964). ISBN 0-89608-680-1
SNCC, the New Abolitionists, (Beacon Press, 1964, 2nd ed., 1965).ISBN 0-89608-679-8
武藤一羊訳『反権力の世代』(合同出版, 1967年)
Vietnam: the Logic of Withdrawal, (Beacon Press, 1967).ISBN 0-89608-681-X
相原文夫
※ 以下では、ビデオはV、音声はAと省略