ハロルドとモード_少年は虹を渡る
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ハロルドとモード
少年は虹を渡る
Harold and Maude
監督
ハル・アシュビー
脚本コリン・ヒギンズ
製作コリン・ヒギンズ
チャールズ・B・マルヴェヒル
出演者ルース・ゴードン
バッド・コート
音楽キャット・スティーブンス
撮影ジョン・A・アロンゾ
編集ウィリアム・A・ソーヤー
エドワード・A・ワーシルカ・ジュニア
配給 パラマウント映画
CIC
公開 1971年10月20日
1972年10月21日
上映時間92分
製作国 アメリカ合衆国
言語英語
製作費$1,200,000
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『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』(Harold and Maude)は、ハル・アシュビー監督の1971年公開の映画

自殺を演じることを趣味としている19歳の少年と、天衣無縫な79歳の老女との恋を描き、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}米国でカルト的な人気を誇る作品である[要出典]。
ストーリー

裕福な家庭に生まれた19歳のハロルドは、母親の前で様々なバリエーションの狂言自殺を演じるという悪戯を趣味にしている。過保護な母親からジャガーXKEをプレゼントされたハロルドは、それをわざわざ霊柩車に改造し、見知らぬ他人の葬儀に参列するのが日課でもあった。

いつものように他人の葬式を傍観していたハロルドは、隣席の老婦人に声をかけられる。それは彼にとって運命的な出会いであった。その老婦人、モードは79歳で、ハロルドと同じように他人の葬式に忍び込むのが趣味だという。アナーキー精神の持ち主であるモードは、排気ガスに汚されている街路樹を引き抜き、白バイを盗んで、山に植え替えに行った。天衣無縫なモードに、ハロルドはいつしか恋心を抱くようになる。

若き日をナチスの強制収容所で過ごしたこともあるモードは、「人生というフィールドでは全力でプレイしなさい。でなきゃロッカールームで退屈するんだから。」と、厭世感に見舞われていたハロルドを励まし、彼も徐々に生きる気力を取り戻していく。モードが自分の人生になくてはならない存在であると確信したハロルドは、デートの後に彼女に求婚する。2人は年齢差をものともせず、その夜に結ばれた。

ところが、人生に満足したというモードは若いハロルドのためを思って、80歳の誕生日の日に服毒自殺を遂げた。「こんなに素晴らしい人生の終わりは無いわ。」とモードは言う。彼女は病院に運ばれたが、あっけなく亡くなってしまった。

ひとり残されたハロルドは、改造霊柩車を崖にめがけて走らせていく。車は崖っぷちからはるか下に転落した。寸前に脱出したハロルドはその光景を一瞥すると、モードから贈られたバンジョーを弾きつつ立ち去って行った。
キャスト

ルース・ゴードン:モード

バッド・コート:ハロルド

ビビアン・ピックレス:ハロルドの母親

シリル・キューザック:グローカス

チャールズ・タイナー:ハロルドの叔父

エレン・ギア:サンシャイン・ドレ

エリック・クリスマス:司祭

作品解説

コリン・ヒギンズは、大学の卒業作品として、この脚本を書いた。
公開・放映

日本では1972年のロードショー後、1978年秋に民放局で放送された。(字幕)
リバイバル上映

日本ではアメリカン・ニューシネマの傑作映画を連続公開するプロジェクト「ZIGGY FILMS '70S '70年代アメリカ映画伝説」の第2弾として、2010年7月17日より、新宿武蔵野館にて38年ぶりに公開され、2011年も各地で単館で公開された。
評価

キャメロン・クロウ:著の「ワイルダーならどうする?」で、ビリー・ワイルダーは言及している。「私はハル・アシュビーを全面的に支持していた。もうこの世にはいないがね。(中略)でも彼は優れた監督だった」。オーストリア=ハンガリー帝国出身のモードとワイルダーの人生が重なることが、この映画から判る。


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