ハプログループDE_(Y染色体)
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Y染色体 DE 系統

系統祖DE-M203
発生時期70,000-75,000年前
またはCFとDEが分岐してすでに141,000年経過[1]
または約73,100年前[2]
または約76,000年前[3]
発生地(推定)アフリカ[3][4]
親階層CT
分岐指標M1/YAP, M203/PAGE36/PF1435/PAGES00036, IMS-JST008425/PF1434/F1977/M5465/V3058, MF636496/P153, PF1810/M5535, F986/M5402, P183/PF1424, CTS9461/PF1770/M5511, PF1427/M5427, Y20115, CTS10714/PF1876/M5551, PF1797/F3170/M5528/F3170.1/M5528.1/M5528.2, P165/PF1439, CTS3334/PF1432/M5459, CTS4285/PF1433/M5464, CTS11430/PF1891/M5558, Z3672, P144/PF1436, PF1421, PF1422, PF1425/M5408, CTS101/PF1447/M5376, CTS1300/PF1423/M5400, PF1429/F1504, F3617/M5568/S26113, PF1443/M5542, PF1442/M5526, PF1469, P167/PF1430, PF1455, PF1833, PF1588, CTS12980/PF1936, L337/PF1509/M5387, CTS10234/M5518, Y1643/FGC2078, CTS1047/PF1518/M5392, F1649, M145/P205/PF1444, PF1428/F1498/M5430, PF1431, PF1806/F3195/M5532[5]
子階層D-CTS3946, E-M96

ハプログループDE(Y染色体)(ハプログループDE (Yせんしょくたい)、: Haplogroup DE (Y-chromosome))とは、分子人類学で用いられる、人類Y染色体ハプログループの分類で、YAPと呼ばれる特徴的な約300塩基を余分に持つことで知られ、ハプログループDハプログループEの共通祖にあたり、M203に代表される分岐指標を持つ集団[6]
概略
YAPの発見

Y染色体における研究の歴史の中で、Y染色体の非組換え領域である長腕部の「DYS287 Yq11」に約300塩基が余分に追加されているものと、その約300塩基が無いものが発見されたことは大きい[6]。これはY染色体のAlu配列であったため、YAP(ヤップ、Y-chromosome Alu Polymorphism)Alu配列(Alu sequence)の挿入多型と命名された[6]。本来ならばtRNArRNAなどの核内低分子RNAに転写されるべきものが、何らかの要因によってY染色体上のDNA配列に挿入されてしまったものである。Alu配列とは蛋白質をコードする配列を全く含まず、制限酵素Aluで認識されるためこの名がつけられた[6]。なお、ヒトの11番染色体にある転写因子YAP1(YAP (Yes-associated protein))とは異なる。

YAPは古代の一人の男性に起きた変異の痕跡であるため、これをもとに世界人類のY染色体を2つのグループに大別することが提案され、YAP配列があるものを「YAP+(ヤップ・ポジティブ)」、YAP配列がないものを「YAP-(ヤップ・ネガティブ)」と分類したところ、白人黄色人種をふくめ世界中の殆どの民族がYAP配列を持たない[7]「YAP-(ヤップ・ネガティブ)」であったのに対し、黒人の大多数と日本人チベット人の多くは「YAP+(ヤップ・ポジティブ)」であった[8]。そのため、「YAP+(ヤップ・ポジティブ)」の黒人、日本人、チベット人は父系の遺伝子的要素が近親である可能性が指摘され、アフリカ単一起源説が裏付けられたのと同時に、このYAPを分岐指標(マーカー)として人類の男性系統を辿る研究が開始された[6]。そのため、このYAPに対して「M1(マーカー・ワン)」と名付けられた。またこれに伴い、Y染色体上にある特徴的な変異の痕跡に対して「M2、M3、…」と番号が振られた。さらに、これらをもとに各民族から得られた変位の痕跡の傾向を、古い変異と思われる順に「A、B、C、D…」とアルファベットが振られ、Y染色体ハプログループ研究の基礎を成すことになった[6]
ハプログループの命名

YAPの痕跡を持つ日本人、チベット人のグループのうち一塩基多型(SNP)でCTS3946の変異を持つものをハプログループDM96の変異を持つ黒人のグループをハプログループEと命名し、D系統とE系統に共通して含まれるM203がDE系統を定義する分岐指標とされた。CTS3946M96の変異をもたず、「M203」の変異の痕跡をもつグループに対しては「ハプログループDE」と呼ばれる。日本の研究によって発見された「IMS-JST008425」や復旦大学によって発見された「F1977」もこの「M203」と同一階層上にある一塩基多型(SNP)であるため、学術論文などを読む上においては現時点では、これらは同等の意味を持つと考えてよい[9]
起源系統図(Underhill and Kivisild 2007[4] に基づく)

現生人類共通祖先発祥の地、東アフリカトゥルカナ湖の東北附近に7.6?7万年前[10] に住んでいた一人の男性(俗称: YAPアダム)にこの変異が起こり、これが父系で遺伝するY染色体の特定のSNPを持つ集団(Y染色体ハプログループ)のうち「YAP(M1)」と呼ばれる分岐指標を持つハプログループDE系統を生み出し、その後、今から6万年程前にこれが更に2つ集団(ハプログループDEに分岐した。
なお、ハプログループDEは系統樹からも分かるように、全ユーラシア人の最近共通祖先であるハプログループCTから早期に分岐したため、他のユーラシア系統とは分岐から7万年以上もの年月を経ている。

さらにその子系統であるハプログループDは、アフリカにおいて既に発生していたと考えられる[3]。ハプログループDの子系統のうち、ハプログループD2はアフリカに留まり、ハプログループD1が出アフリカを果たした。アフリカに留まりアフリカ大陸全土や一部は地中海地域ヨーロッパなどに父系を通じて広がった集団がハプログループEとハプログループD2であり、分岐後出アフリカを経て東方に向かい、チベットアンダマン諸島ヤオ族フィリピンマクタン島グアム島日本列島[11] などに父系を通じて広がったのがハプログループD1である。

またDEの子型でD系統にもE系統にも属さないパラグループDE*がチベット人[12]ナイジェリア[13]ギニアビサウ[14] でごくわずかに発見されているが、このうちナイジェリアのサンプルについてはハプログループD0(後にD2に名称変更)であることが判明し[3]、上述のようにハプログループDが既にアフリカにおいて発生していたことが示された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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