ハバロフスク
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ハバロフスク
Хабаровск


市旗市章

位置

ロシア内のハバロフスク地方の位置
位置
.mw-parser-output .locmap .od{position:absolute}.mw-parser-output .locmap .id{position:absolute;line-height:0}.mw-parser-output .locmap .l0{font-size:0;position:absolute}.mw-parser-output .locmap .pv{line-height:110%;position:absolute;text-align:center}.mw-parser-output .locmap .pl{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:right}.mw-parser-output .locmap .pr{line-height:110%;position:absolute;top:-0.75em;text-align:left}.mw-parser-output .locmap .pv>div{display:inline;padding:1px}.mw-parser-output .locmap .pl>div{display:inline;padding:1px;float:right}.mw-parser-output .locmap .pr>div{display:inline;padding:1px;float:left}ハバロフスク (ハバロフスク地方)ハバロフスク地方の地図を表示ハバロフスク (極東連邦管区)極東連邦管区の地図を表示ハバロフスク (ロシア)ロシアの地図を表示

座標 : .mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯48度29分 東経135度4分 / 北緯48.483度 東経135.067度 / 48.483; 135.067
歴史
建設1858年5月31日
行政
ロシア
 連邦管区極東連邦管区
 行政区画 ハバロフスク地方
 市ハバロフスク
市長セルゲイ・クラフチュク(ロシア語版)[1]
統一ロシア
地理
面積 
  市域372 km2
標高72 m
人口
人口(2020年現在)
  市域616,372人
    人口密度  1597人/km2
その他
等時帯ウラジオストク時間 (UTC+10)
郵便番号6800XX
市外局番+7 4212
ナンバープレート27
公式ウェブサイト : ⇒http://www.khabarovskadm.ru/

ハバロフスク(ロシア語: Хабаровск, ラテン文字転写: Khabarovsk, ロシア語発音: [x??bar?fsk]; 中国語: 伯力)は、ロシア極東部都市で、ハバロフスク地方の中心都市である。人口は約62万人でロシア極東部では最大である。
概要左奥から流れるウスリー川と中央奥から流れるアムール川が合流する地点

北緯48度42分、東経135度12分にある。アムール川の右岸中流域に位置し、ウスリー川との合流点のすぐ下流にある。

人口は、2019年に行われた国勢調査によると617,473人であった。地域経済の中心として機械工業や金属工業、木材業が発達している。

標準時UTC+10ウラジオストク時間を採用している。アムール川の岸辺の水浴客とハバロフスクの街並み

首都のモスクワからは遙かに遠く、シベリア鉄道経由で8,523 kmの距離、7時間の時差がある。一方、アムール川の対岸にある中国領からは30kmの距離にあり(中国はUTC+8なので、中国との時差は2時間)、アムール川とウスリー川の合流点にある大ウスリー島(中国名:黒瞎子島)は中ソ国境紛争の重要な係争地となっていた。なお、2004年に国境確定問題は決着し、大ウスリー島がロシアと中国の共同管理に置かれる事で合意したため、ハバロフスクに対する軍事上のリスクはほぼ完全に解消された。次いで2008年には国境線が最終的に確定した。

ハバロフスクはシベリア鉄道の重要な拠点であり、コムソモリスク・ナ・アムーレへ向かう支線の分岐点でもある[注 1]。また、アムール川やウスリー川の水運にも恵まれるが、これらの川は冬季には長期間凍結する。
気候

ケッペンの気候区分によると、ハバロフスクは亜寒帯冬季少雨気候または湿潤大陸性気候に属する。寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。

冬季は乾燥しており、基本的に晴天が続く。2011年1月14日にハバロフスクの最低気温記録である-40.0℃を観測している。

夏季は湿度が高く、年間降水量の70%が集中している。晴天の日には高温になることもある。2010年6月27日にハバロフスクの最高気温記録である36.4℃を観測している。

ハバロフスク(1991?2020)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F)0.6
(33.1)6.3
(43.3)17.0
(62.6)28.6
(83.5)31.5
(88.7)36.4
(97.5)35.7
(96.3)35.6
(96.1)29.8
(85.6)26.4
(79.5)15.5
(59.9)6.6
(43.9)36.4
(97.5)
平均最高気温 °C (°F)?14.9
(5.2)?9.9
(14.2)?1.0
(30.2)10.5
(50.9)19.2
(66.6)23.8
(74.8)26.8
(80.2)24.9
(76.8)19.7
(67.5)10.6
(51.1)?2.8
(27)?13.6
(7.5)7.8
(46)
日平均気温 °C (°F)?19.2
(?2.6)?14.9
(5.2)?5.9
(21.4)4.8
(40.6)12.9
(55.2)18.0
(64.4)21.4
(70.5)19.9
(67.8)14.1
(57.4)5.4
(41.7)?6.9
(19.6)?17.4
(0.7)2.7
(36.9)
平均最低気温 °C (°F)?23.1
(?9.6)?19.6
(?3.3)?10.7
(12.7)?0.1
(31.8)7.3
(45.1)12.8
(55)16.8
(62.2)15.7
(60.3)9.4
(48.9)1.0
(33.8)?10.4
(13.3)?20.9
(?5.6)?1.8
(28.8)
最低気温記録 °C (°F)?40.0
(?40)?35.1
(?31.2)?28.9
(?20)?15.1
(4.8)?3.1
(26.4)2.2
(36)6.8
(44.2)4.9
(40.8)?3.3
(26.1)?15.6
(3.9)?27.7
(?17.9)?38.1
(?36.6)?40
(?40)
降水量 mm (inch)13.1
(0.516)11.9
(0.469)22.1
(0.87)36.5
(1.437)69.5
(2.736)83.7
(3.295)137.1
(5.398)142.6
(5.614)84.6
(3.331)47.7
(1.878)25.5
(1.004)19.3
(0.76)693.6
(27.308)
平均降雨日数0008161515171591096
平均降雪日数1410104000003101465
湿度75726863657479837867697372.2
[要出典]

歴史エロフェイ・ハバロフの銅像

1858年、アムール川を東進してきたロシア帝国の監視所がアムール川とウスリー川の合流点に建設され、17世紀のロシアの探検家エロフェイ・ハバロフにちなんで「ハバロフカ」と命名された(ハバロフはアムール川探検の際、現在のハバロフスク付近にアチャンスクという要塞を築き植民地化をもくろんだが、清軍などの攻撃により放棄している)。1860年北京条約により、この町の中心部になるアムール川東岸(右岸)の地域は正式にからロシアに割譲された。1895年には現在の「ハバロフスク」という名前になった[2]

その後はロシアの極東進出の拠点となり、1916年にはアムール川を渡る鉄橋アムール川鉄橋、現在のハバロフスク橋)が完成して、シベリア鉄道が全線開通した(それまでは清国内を通る東清鉄道が極東の幹線だった)。1917年ロシア革命が起こると、極東地域は反革命軍が制圧し、1918年にはシベリア出兵により日本軍がハバロフスクを占領した。その後、1920年に日本軍は撤退して極東共和国が成立し、1922年に日本軍がシベリア出兵を終了すると、ハバロフスクはソビエト政権の支配下に入った。ハバロフスク橋


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