ノーベル賞
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ノーベル賞
the Nobel Prize

受賞対象物理学への貢献
化学への貢献
生理学・医学への貢献
文学への貢献
平和への貢献
経済学への貢献)
スウェーデンノルウェー
主催スウェーデン・アカデミー
スウェーデン王立科学アカデミー
カロリンスカ研究所(スウェーデン)
ノルウェー・ノーベル委員会
初回1901年
公式サイトwww.nobelprize.org

ノーベル賞(ノーベルしょう)は、ダイナマイトの発明者として知られるアルフレッド・ノーベル遺言に従って1901年から始まった世界的な賞である[1]物理学化学生理学医学文学、平和および経済学の「5分野+1分野」で顕著な功績を残した人物に贈られる。

ただし経済学賞だけはノーベルの遺言にはなく、スウェーデン国立銀行の設立300周年祝賀の一環として、ノーベルの死後70年後にあたる1968年に設立されたものである[2]ノーベル財団は経済学賞(アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)を「ノーベル賞ではない」としている[3][4]
沿革ノーベルの遺言

ノーベル賞は、スウェーデン語では Nobelpris(et)(ノベルプリース/ノベルプリーセット)、ノルウェー語ではNobelpris(en)(ノベルプリース(ン))という。1895年に創設され、1901年に初めて授与式が行われた。一方、ノーベル経済学賞は1968年に設立され、1969年に初めての授与が行われた。

賞設立の遺言を残したアルフレッド・ノーベル(1833年10月21日 - 1896年12月10日)は、スウェーデンの発明家企業家であり、ダイナマイトをはじめとするさまざまな爆薬の開発・生産によって巨万の富を築いた。しかし、爆薬や兵器を元に富を築いたノーベルには一部から批判の声が上がっていた。1888年、兄のルードヴィがカンヌにて死去するが、このときフランスのある新聞がアルフレッドが死去したと取り違え、「死の商人、死す」との見出しとともに報道した。自分の死亡記事を読む羽目になったノーベルは困惑し、死後自分がどのように記憶されるかを考えるようになった[5][注 1]。1896年12月10日に63歳でノーベルは死去する[7]が、遺言は死の1年以上前の1895年11月27日にパリのスウェーデン人・ノルウェー人クラブにおいて署名されていた[8][9]

この遺言においてノーベルは、「私のすべての換金可能な財は、次の方法で処理されなくてはならない。私の遺言執行者が安全な有価証券に投資し継続される基金を設立し、その毎年の利子について、前年に人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるものとする」と残している。彼がこの遺言のために残した金額は彼の総資産の94パーセント、3100万スウェーデン・クローナに及んだ[10]。周辺の人々はこの遺言に疑いを持ったため、1897年4月26日までこの遺言はノルウェー国会において承認されなかった[11]。その後、彼の遺志を継ぐためにラグナル・ソールマンとルドルフ・リリェクイストがノーベル財団設立委員会を結成し、賞設立の準備を行った[12]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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