見出し名「議会の起源」→「近代議会の起源」としました。
その上で「近代議会の起源」の項、イギリスの段落中「権利章典の内容をなすビラをばらまいた」は、趣旨がよく分からないので、もう少し説明していただけるとありがたいです。
同フランスの段落ですが、三部会召集は「貴族勢力排除」のためでしょうか?なら第三身分に大いに肩入れしたはずでは・・・?現実には第二身分に依拠し、第三身分を粗略に扱ったように見えます。今、ここですぐには材料がないので、ちょっと調べます。
--210.145.187.2 2004年10月2日 (土) 19:48 (UTC)
政党制・評議会制という概念にもとづく一般になじみのない解説を削りました。これについてはノート:政党制、ノート:評議会制を参照してください。また、古代ギリシャ・ローマの「議会」の説明を削りました。これらと近代議会との結びつきは、17世紀、18世紀の思想家の仮託にあります。我々はそのことを既に知っているのですから、古代の実際の制度を解説する必要はありません。思想家が何を考えていたかを記す余地はあると思いますが。Kinori 2005年7月15日 (金) 22:04 (UTC)[返信]Kinori様の「古代ギリシャ・ローマの「議会」の説明を削りました」に強く反対します。古代ギリシャ、ローマを議会政治の起源とする思想はアメリカや欧米各国で強く残っています。ここは「議会」の歴史に関する記述であり、「近代議会」のみを記述するというべきものではないと考えます。個人的な見解で「この記事は必要、不必要」を独断で判断し、削除せずに、まず広く意見を求めて多くの賛同が得られた時のみ、記述削除を行ってください。219.37.104.91 2005年7月17日 (日) 10:16 (UTC)[返信]
古代史の方であれらを議会の歴史に位置づけることはないし、政治学のほうであれらを議会政治として研究することもないと思うのですが、どうでしょうか。おっしゃるように、思想的なつながりは、近代側からの片想いとして存在します。それについて記し、政治思想家の見解をまとめるのはよい加筆でしょう。しかしギリシャ・ローマのものがそのまま議会というわけではないこと、細かな制度が引き継がれていないことを我々は知っているのですから、制度の詳細を並べる必要はありません。古代ギリシャやローマの関連項目で書くことです。 私の編集は私の判断によりますから、独断というのはおっしゃる通りです。しかし他方では、広く意見を求めることもせず、個人的な見解にもとづいて古代ギリシャ・ローマの制度を議会の記事につっこんだ人がいるわけです。大胆に削ることも大胆な編集のうちで、それに反対があったときに話し合いがくるという順番で良いと私は思っています。Kinori 2005年7月17日 (日) 14:05 (UTC)
そうですね。他の人のご意見は、私も伺いたいです。 どこにどう移動すべきか、というご質問ですが、私は別に移動しなくてもいいと思います。文章のために項目を作るのではなく、項目のために文章を作るのです。このケースの場合、書き下ろしがベストと個人的には思います。しかしどうしても残したいという人が工夫するのを妨げるつもりはありません。 全部削り落とすことについては、考え直しました。関連性についての説明がゼロでいいとは私も思いません。米国憲法がローマの政体を参考にしたことなどは、記されてしかるべきです。しかし現状では議会の起源の説明なのかギリシャ・ローマの制度の説明なのかよく分からない状態になっています。ですので、米国が参考にしたという箇所を残し、その他を削りましょう。(その上でさらに思想史的つながりについて加筆するのは良いことだと思います) ところで、因縁というか何というか、219.37.104.91さんと私はこの間政党制で議論した間柄ですね。確認したいのですが、219.37.104.91さんは、政党制と評議会制という話をここにこのまま載せ続けたいとお考えでしょうか。私は削るべきだと思うのですが。Kinori 2005年7月18日 (月) 14:15 (UTC)
僕としては今の世の中を近代と言う言い方が時代区分の観点から言って非常に気になります。近代とはイギリス革命から続く立憲君主国家の歴史であります。