ニーベルンゲンの歌
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ニーベルンゲンの歌写本Cの1ページ目。

『ニーベルンゲンの歌』(原題、: Das Nibelungenlied)は、中高地ドイツ語で書かれた叙事詩ネーデルラントの英雄・龍殺しのジークフリートの非業の死と、ブルグント王国の国王の妹でジークフリートの妻のクリームヒルトの復讐劇を描く。

『ニーベルンゲンの歌』はキリスト教化前のドイツの英雄的主題(ニーベルンゲン伝説(ドイツ語版))に基づいているが、それらには口承伝説や5世紀から6世紀にかけて起きた歴史的な出来事や人物が含まれている。古ノルド語によって、これに類する伝説が『ヴォルスンガ・サガ』や『スノッリのエッダ』、『古エッダ』、『ノルナゲストの伝説』、『シズレクのサガ』に残されている。

2009年、『ニーベルンゲンの歌』の主な3写本がその歴史的な重要性を認められてUNESCOユネスコ記憶遺産に登録された[1]
あらすじ
登場人物

ジークフリート - ネーデルラントの王子。小人のニーベルング族を征服したことで莫大な財産を得ている。クリームヒルトを妻にする。

グンテル - ブルグント王国(411年 - 1378年)の国王。クリームヒルトは妹。

クリームヒルト - グンテルの妹。ジークフリートの妻となる。未亡人となってから、エッツェルと再婚する。

ブリュンヒルト - イースラントの女王。グンテルと結婚する。

ハゲネ - ブルグント王国の重臣。

エッツェル - フン族の王。未亡人となったクリームヒルトに求婚する。

ブレーデリン - エッツェルの弟。

ディートリッヒ - 東ゴート族の王(454年 - 526年)。エッツェル率いるフン族に加勢する。

ヒルデブラント - 東ゴート族の騎士。

前編ヨハン・ハインリヒ・フュースリー作。殺されたジークフリートと悲しむクリームヒルト。

剛力無双の勇者であるネーデルラントの王子ジークフリートは、ブルグント国王の妹で、名高い美少女のクリームヒルト姫の噂を聞き、ブルグント国を訪れてクリームヒルトに求婚した。また、クリームヒルトの兄の王であるグンテルは凡庸な男だったが、イースラント(アイスランド)の女王ブリュンヒルトに求婚していた。美貌の一方で大力の女傑であったブリュンヒルトはそれまで数多くの求婚者と武術で勝負し、相手をことごとく打ち殺していた。ブリュンヒルトはグンテルの求婚にも、「私と武術の試合をし、勝てたなら妻になりましょう」と返答する。

そこでジークフリートとグンテルは一計を案じ、ジークフリートの持つ秘宝「隠れ蓑(着る者の姿を隠すマント)」を着てグンテルを手助けし、ブリュンヒルトを打ち負かした。負けるはずがないと思っていたブリュンヒルトは不本意であったが約束通りグンテルと結婚し、国王の信頼を得たジークフリートはクリームヒルトと結婚する。婚礼の夜、王妃となったブリュンヒルトは寝室でグンテル国王を押さえつけて縛りあげ、素っ裸で天井からぶら下げてしまった。その話を聞いたジークフリートは次の晩、グンテルに変装して寝室に入り、逆にブリュンヒルトを腕ずくで組み敷く。それ以来、ブリュンヒルトはおとなしくグンテルに従うようになった。天井から吊られたグンテル王。ヨハン・ハインリヒ・フュースリー作 (1807)

数年後、ネーデルラントからブルグントに里帰りしたクリームヒルトはブリュンヒルトと互いの夫の上下関係で口論になる。感情的になったクリームヒルトは、婚礼の次の夜、寝室でブリュンヒルトを押さえつけたのはジークフリートであったことを公の場で暴露してしまう。恥をかかされたブリュンヒルトは自室に逃げ帰り、屈辱の涙を流した。

ブリュンヒルトおよび王家に恥辱を加えられたことで、ブルグントの騎士団は憤激した。重臣のハゲネは不名誉をそそぐため、ジークフリートへの報復を計画する。ハゲネは狩猟大会にジークフリートをおびき出し、森の中で不意討ちして謀殺した。さらに、ジークフリートがかつて小人のニーベルンゲン一族を征服して得た莫大な財宝を、クリームヒルトが人々に分け与えて支持者を増やしているのを警戒し、財宝を取り上げてライン川の底に沈める。
後編ヨハン・ハインリヒ・フュースリー作。グンテルの首をハゲネに見せ付けるクリームヒルト

未亡人となったクリームヒルトは、フン族の王エッツェルから求婚される。ジークフリートを忘れられないクリームヒルトは乗り気ではなかったが、ある計画のためにエッツェルとの再婚を承諾する。計画とは、フン族の武力を利用してブルグント国を滅ぼし、ジークフリートの仇を討つことであった。

数年後、クリームヒルトは現夫エッツェルに、友好を装ってグンテルはじめブルグントの人々を招待させた。ハゲネはクリームヒルトの意図を疑い反対するが、結局グンテルとブルグント騎士団は千人の使節団を編成し、フン族の国を訪れる。一行がライン河を渡河するとき、ハゲネはローレライから一行の運命について「1人を除き、全員が死ぬだろう」との不吉な予言を聞く。また東ゴート族の王で当時フン族の客分だった勇者ベルンのディートリッヒは、クリームヒルトが復讐を企てていることを使節団に警告する。その後、クリームヒルトはディートリッヒにも復讐計画に助力するように依頼するが断られる。

クリームヒルトはエッツェルの弟ブレーデリンを買収し、歓迎の宴に出席した使節団を襲撃させる。騙し討ちに気づいたハゲネは刀を抜き、宴席にいた幼い王子を斬り殺す。そしてブルグントとフン族は完全に決裂し、フン族の同盟軍であるデンマークや東ゴート族をも巻き込む凄惨な殺し合いが始まった。クリームヒルトは宮殿広間の扉を閉じて使節団を閉じ込めてフン族の戦士を次々に突入させるが、使節団の死に物狂いの反撃によって戦士のほとんどを失う。使節団側も死闘の中で次々と討ち死にし、広間に立てこもる生き残りはグンテルとハゲネの二人だけとなった。加勢を断ったものの、部下を皆殺しにされたディートリッヒが広間に入り、ハゲネとグンテルを生け捕りにする。

クリームヒルトは地下牢に拘束されたハゲネに、ジークフリートの遺したニーベルンゲンの財宝を渡すなら命を助けると言う。しかしハゲネは「グンテル王が生きている限り、財宝のありかは話せない」と拒絶した。そこでクリームヒルトは「二人の命は助ける」というディートリッヒとの約束を破り、兄であるグンテルを斬首し、生首をハゲネに見せつけた。ハゲネがそれでも財宝の所在を明かすのを拒んだため、激昂したクリームヒルト王妃は剣を取ってハゲネを斬殺した。その剣はジークフリート王子の形見の剣・バルムンクだった。東ゴート族の騎士ヒルデブラントは、敵ながらも縛られて無抵抗の勇士に対する仕打ちに激高し、クリームヒルトを斬り殺す。残されたエッツェルとディートリッヒは、死んでいった多くの勇士たちを思い悲嘆にくれる。
構成

全39歌章からなる。元々は前編後編と分けられてはいないが、その内容の性質上、ブリュンヒルト伝説を元にしている部分(1 - 19歌章)を前編、ブルグント伝説を元にしている部分(20 - 39歌章)を後編と分けるのが一般的になっている。詩節数は写本によって差異があるが、現在もっとも原本に近いとされる写本Bは2379節である。もっとも矛盾・齟齬が多い写本Aは2316節、また写本Cは2440節からなっている。

韻文であり、長い2行詩を2つ合わせた構造で書かれている。1行目と2行目、3行目と4行目で脚韻を踏む形となっているほか、強拍・次強拍の並びにも規則性があり、歌全般でそれら規則が守られている。この構造はニーベルンゲン詩節と呼ばれる独特なものである。そのためリズム感に富むと評されるが、現代語、および他言語への翻訳版では当然ながらこの構造は再現不可能である。
舞台

ニーベルンゲンの歌は、他の叙事詩と比べて地理的にスケールの大きい作品である。その舞台はライン河畔で、特にヴォルムスを中心としている。クリームヒルトに求婚するジークフリートの故郷はネーデルラント、グンテル王が赴くのはアイスランドエッツェルの治める国はハンガリーとされており、中世文学に類のない広がりを見せている。

また物語の結末がブルグント国の騎士達とクリームヒルトの死によって終わるという徹底した悲劇であるところも同時代の基準から外れている。この点でも古くからある雑多な物語の集成といった作業を通じて成立したことを予想させる。
表題

中高ドイツ語による原題は、写本によって Der Nibelunge liet と Der Nibelunge Not の2通りの表記がある。『ニーベルンゲンの歌』とは前者を訳したものであり、後者の場合『ニーベルンゲンの災い』と訳されるべきである。ただし1898年の英訳版は表題を『Fall of the Niebelungs』(ニーベルング族の没落)としている。

なお、ニーベルンゲン (Nibelungen) とは本来「ニーベルング(ドイツ語版、英語版)」の属格形である。1909年の英訳版は表題を『Nibelungenlied』(「ニーベルングの」+「歌」)としている。このため『ニーベルンゲンの歌』は、「ニーベルングの」という意味が既にある言葉にさらに格助詞「の」を付けた重言で、誤りであるという意見もある。この考え方から『ニーベルングの歌』あるいは『ニーベルングの災い』と訳されることもある。

しかし一方、ニーベルンゲン(Niebelungen)はニーベルンゲ(Niebelunge)の複数形でもあり、この場合は主格でも「ニーベルンゲン」である。原題の冠詞を中高ドイツ語の文法で解釈するとこれは複数形であるので、「ニーベルンゲンは属格であるから誤りだ」という主張は成り立たない。一方でワーグナーの楽劇の原題は Der Ring des Niebelungen であり、ここでのニーベルンゲンは単数形属格である。ただしいずれにしろ、単数形主格はニーベルンゲ(Niebelunge)であり、ニーベルングではない。

表題の由来についてはいくつかの説がある。ニーベルングがジークフリートによって滅ぼされた小人のニーベルング族を指すとするならば、物語全体の前史に過ぎない部分(劇中においては過去形で語られるのみである)が題名になっていることになることもあり、論点となっている。


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