ニューカッスル・ユナイテッドFC
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この項目では、男子チームについて説明しています。女子チームについては「ニューカッスル・ユナイテッドWFC」をご覧ください。

ニューカッスル・ユナイテッドFC
原語表記Newcastle United Football Club
愛称The Magpies
Geordies
The toon
クラブカラー   
   
創設年1893年
所属リーグプレミアリーグ
所属ディビジョン1部(2023-24
昨季リーグ順位4位(2022-23
ホームタウンニューカッスル・アポン・タイン
ホームスタジアム
セント・ジェームズ・パーク
収容人数52,354[1]
代表者 ヤシル・アル=ルマイヤン(英語版)
監督 エディ・ハウ
公式サイト公式サイト

ホームカラーアウェイカラーサードカラー

テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

ニューカッスル・ユナイテッド・フットボール・クラブ(Newcastle United Football Club、イギリス英語発音: [?nju??k??sl ju??naitid ?fut?b??l kl?b])は、イングランド北東部タイン・アンド・ウィアニューカッスル・アポン・タインをホームタウンとする、プレミアリーグに加盟するプロサッカークラブ。

愛称はマグパイズ(Magpies、カササギの意)。2021年10月7日、サウジアラビアPIF(公的投資基金)を後ろ盾に持つコンソーシアム(共同事業体)に買収された[2]
概要

2006年に公開された映画『GOAL!』では、主人公のサンティアゴがニューカッスル・ユナイテッドに入団した。GOAL!はFIFAが史上初めて公認した映画で、ベッカムジダン中田英寿ラウール等のスター選手が出演していることで話題となった。この映画は3部作で2作目はレアル・マドリードが舞台。3作目はワールドカップが舞台である。

サポーターは “Toon army”(toonはtownの意)と呼ばれ、伝統的に攻撃的なフットボールを愛することで知られる。呼称はニューカッスルに住む人々の間で話される方言(ジョーディー弁)が town を ”トゥーン” と発音することに由来する。クラブのレジェンドであるアラン・シアラーは、プレミアリーグの歴代最多得点記録を有している[3]。彼も根っからのジョーディーである。

ライバルはサンダーランドミドルズブラ。特に同じタイン・アンド・ウィアに本拠を置くサンダーランドとのダービーマッチは、「タイン・ウェア・ダービー」として知られる。ホームスタジアムのセント・ジェームズ・パーク(収容人数52,405人)は街の中心部、ニューカッスル大学に隣接した小高い丘の上にあり、街のどこからでも見ることができる。
歴史詳細は「ニューカッスル・ユナイテッドFCの歴史(英語版)」を参照
初期

この地域にはニューカッスル・イーストエンドFCとニューカッスル・ウェストエンドFCという2つのチームがあり、1881年にウェストエンドが財政難に陥るとイーストエンドが買収し、1893年にニューカッスル・ユナイテッドが誕生した。現在のホームスタジアムセント・ジェームズ・パークは、吸収されたニューカッスル・ウェストエンドのかつてのホームグラウンドである。
1980年代 - 2010年代

1988-89シーズンにディビジョン2(当時の2部)に降格し、1992年のプレミアリーグ創設メンバー入りを逃す。1992-93シーズンのディビジョン1(2部)で優勝を果たし、1年遅れでプレミアリーグに参戦。ケヴィン・キーガン監督のもとで1995-96、1996-97シーズンと2シーズン続けて2位に入るなど、1997年まで好成績を残したが、1997-98シーズンから4シーズン連続して二桁順位が続き、ほぼ1シーズンごとに監督が交代する悪循環に陥る[4]

2000年代前半は中位の上が定位置となり、2003-04シーズンは5位で、2005-06シーズンは序盤低迷するも、グレアム・スーネス監督更迭後に連勝街道を驀進し7位でシーズンを終えた。FAカップではベスト4の常連であった。2006年のアラン・シアラー引退後、マイケル・オーウェンを中心として攻撃陣を構築を試みたものの、2006-07シーズン以降は積極的な補強の甲斐なく残留争いに終始する。2008-09シーズンは18位に終わり、チャンピオンシップ降格が決定した。2009-10シーズンはチャンピオンシップで優勝を果たし、1年でプレミアリーグ復帰を果たした。

2011-12シーズンは夏の移籍市場においてデンバ・バヨアン・キャバイェガブリエル・オベルタンダヴィデ・サントンらを獲得した。冬の移籍市場ではパピス・シセを獲得した。リーグ戦では好調を維持し5位でシーズンを終え、UEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得した。2012-13シーズンの夏の移籍市場では、ロマン・アマルフィターノ、フルノン・アニータらを獲得。冬の移籍市場ではマテュー・ドゥビュシーマプ・ヤンガ=ムビワムサ・シソコなどフランス人プレーヤーを多く獲得した。ヨーロッパリーグではベスト8まで進んだが、リーグ戦では16位に終わった。2013-14シーズンはロイク・レミーを獲得し、リーグ戦では10位に終わった。2014-15シーズンはシーム・デ・ヨングレミ・カベッラエマニュエル・リヴィエールらを獲得したが、開幕から7試合勝ちがなく、パーデューは12月にクリスタル・パレスの監督に就任した[5]。2015年1月26日、パーデューのアシスタントコーチだったジョン・カーヴァー(英語版)が後任に就いたものの15位に終わった。2015年6月9日、カーヴァーを解任し、翌日にスティーブ・マクラーレンが就任した[6]

2015-16シーズンはジョルジニオ・ワイナルドゥムアレクサンダル・ミトロヴィッチフロリアン・トヴァンを獲得するなど積極的に動いた。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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