ニュルブルクリンク24時間
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ニュルブルク24時間レース
開催地ニュルブルクリンク・ノルドシュライフェ
スポンサー企業トタル
初開催1970年
耐久時間24時間
最多勝利
(ドライバー)ティモ・ベルンハルト (5)
ペドロ・ラミー
マルセル・ティーマン
最多勝利
(チーム)Manthey Racing (6)
最多勝利
(マニファクチャー)BMW (20)

ニュルブルクリンク24時間レース(ニュルブルクリンク24じかんレース、24 Hours Nurburgring)とは、ドイツニュルブルクリンクで毎年開催される、ADAC主催の耐久レースのこと。24時間でどれだけ長い距離を走れるかを競う。毎年5月から6月の初夏に開催される。日本では「ニュル24時間レース」や「ニュル24耐」といった略称で知られている。

イベントの正式名称について、長らく大手損害保険会社のチューリッヒ保険冠スポンサーとなっていたことから「ADACチューリッヒ24時間レース」(ドイツ語: ADAC Zurich 24h Rennen)であったが、2019年から石油会社のトタルが取って代わり、「ADAC TOTAL 24時間レース」となった。
概要BMW・M3レクサス・LFA(2010年)フォルクスワーゲン・ゴルフ (2011年)など、スポーツカーに限らず多様な車種が毎年参戦する

元々はADACが主催するローカルイベントだったが、第1回のレースが開催されると人気が集まり、今ではヨーロッパ中に中継されるビッグイベントである。

大きな特徴として、使用するコースが巨大であり、参加するチームがワークスやプライベーターを併せてきわめて多いという事が挙げられる。その一例として2007年は合計228チームがレースに参加した。あまりの台数の多さに一つのピットを最大6チームでシェアする、スタートを3グループに分ける、第3グループがスタートした直後に第1グループのトップのマシンが追いつくことなどはもはや珍しくない光景である。給油も台数の多さから様々なマシンが1台の給油機をシェアする状態であり、給油ノズルの形状は普通のガソリンスタンドにあるガンタイプになっている。SP9クラスのようなクイックチャージャー装備の車の場合でも、それに対応する給油機がないため、クイックチャージャーの差し込み口を持つ漏斗状のアタプターを用いたり、蓋をクイックチャージャー用ではなく普通の蓋に改造したりして対処している。

起伏の激しい地形、狭いコース幅にアマチュアを含めた200台のエントリー、照明のない夜間と通常のサーキットレースより危険なため、プロ・アマを問わずニュルブルクリンク北コースで開催されるニュルブルクリンク耐久選手権(英語版)(NLS,VLN)での完走実績を要するほか、英語で出題される筆記試験に100点満点で合格しなければならない。また合格後も抜き打ち指名でのテストがある[1]

その参加チームの多さ、広大な敷地ゆえの観客キャパシティの多さ、24時間レースという長さ、継続年数からの知名度から、イベント規模はレース界でも随一のものとなっている。
コース詳細は「ニュルブルクリンク」を参照ニュルブルクリンク北コース
コースレイアウト

競技は、ドイツ北西部ラインラント=プファルツ州 ケルン南方のニュルブルクにあるサーキット「ニュルブルクリンク」で行われる。予選は北コースのみで行うが、決勝レースは北コースとGPコースを連結して使用し、スタート/ゴールラインやピットはGPコースを利用する。

オールドコースとも呼ばれる同サーキットの北コースは、かつてフォーミュラカーの車高[2]が高かった頃はドイツグランプリの走路であり、戦後開始されたF1ドイツグランプリもここをコースとしていた。しかし車高が下がるに従って走行に危険が増し、凹凸の少ない路面での走行に最適化されていったフォーミュラカーでのレースが行われなくなったという歴史を持つほど、荒れた路面や連続するコーナーの過酷さに定評がある。アクセル全開で一周走るだけで“一般公道を800km走るのと同じくらい”ダメージを受けると言われるほど過酷なサーキットである。これを24時間走り続けるためマシンにかかる負担は大きく、レース後半になると目に見えるダメージを負ったり、そこをテープなどで補修したマシンが目立つようになる。

コースが巨大であることから、気象条件が一様に定まらない。ある地点では濃霧や強雨、更には雹が降ることまであるが、日照により完全にドライな路面になる区間が共存することから、タイヤ選択が非常に難しく、1周が長いことから判断ミスが致命的な遅れになる。

富士スピードウェイ同様、山中故に濃霧は悩みのタネであり、2021年にはナイトセッション中に霧が発生し、事故が多発したことからレッドフラッグ、そのまま夜間走行が全て赤旗になり、夜が明けても濃霧が解消せず、14時間30分にも渡るレース中断を引き起こして当時の最低周回記録を樹立。2024年には同じく7時間15分経過時点で濃霧から赤旗、そのまま21時間30分経過まで14時間15分の赤旗を経たものの好転せず、5周のフォーメーションラップ後に23時間5分経過時点でレースが打ち切られて、2021年の最低周回記録を更に更新してしまった。

アクシデントによって行われる走行規制(単なる黄旗だけでなく、速度制限が適用される規制含む)も、区間が限られて実施される。フルコースコーションはレース中断と同義であり、広範囲にわたる悪天候や、コースを通行不能にするほどのクラッシュが発生した場合に適用される。現在でこそ、空撮や車載カメラ、通信技術が発達しているためにアクシデント対応は素早く行われているが、それらの技術が無い時代での悪天候、夜間のトラブルはコースマーシャルからの無線通信のみであり、運営もとい、当該チームですら状況把握が困難であった。

他のレースでは「最初にレースの先頭車両が24時間経過後コントロールラインを通過した後に、コントロールラインを通過した時点でゴール」となるが、1周が長い本レースでは「レースの先頭車両の通過を問わず、24時間経過後にコントロールラインを通過するとゴール扱い」となる。ただしトップと同一周回の車両は、他レースと同様にファイナルラップ宣言を受けた周を消化する必要がある。逆を言えば、それより前にコントロールラインを通過している場合は1周回してのゴールが必要になる。完走するだけでも実績として扱われるため、上位争いに関係なくなったチームは規定時間直前にはスローダウンして周回調整するケースが多い。

他にも天候の不安定さからスリックタイヤへの溝彫り加工、上記にもあるガムテープ補修でリペア完了扱い、トラブルでコース内に停車し、レッカーによる搬送を受けてもリタイヤ扱いにならない等、本レース独特のレギュレーションも多い。
参加チーム・車両ホンダ・シビックハイブリッド(2007年)

ニュルブルクリンク24時間レースの大きな特徴は、ワークスやプライベーター併せて参加チームが極めて多いことである。総合優勝を狙うワークスから、自慢の愛車をカスタマイズしてレースに臨むプライベーターなど、実に100以上のチームが毎年参戦している。

参加車両も多彩で、BMW・M3ポルシェ・911GT3などのような本格派スポーツカー以外にも、ヒュンダイ・クーペホールデン・コモドアフォルクスワーゲン・シロッコルノー・クリオに至るまで様々な車両が参戦している。中には修理跡のあるようなプライベーターの車両や、往年の名車(MiniBMW・320isなど)も参加していた。ただし2011年からはレギュレーション変更により、製造後10年以上経過した車両は参加が出来なくなった。が、屋根に「尻尾」をつけたオペル・マンタ等、非常に長期間同一車種・チームで出場し続けたため、「伝統を途絶えさせるのは勿体無い」「ニュルブルクリンク24時間レースのアイドル」という理由などから「製造後10年という規制を問わずに出場可能」な主催者推薦枠が導入され、マンタや320は途中チームの変更を経過しながらも2023年のレースにも参加している。またこの枠を利用して2022年からSP3クラスに初代ダチア・ロガンも参戦していたが、2023年のレース中にSP9クラスの車両に追突され大クラッシュ、全損となった。

ハイブリッドカーディーゼル車天然ガス車も参戦しており、例としてトヨタ・ハリアーハイブリッド(2005年)、ホンダ・シビックハイブリッド(2007年)、ポルシェ 911 GT3 R Hybrid(2010年)、BMW・320d(1998年 総合優勝)、フォルクスワーゲン・シロッコ GT24-CNG(2009?2011年)といった車種の参戦経験がある。
日本勢
日産日産・GT-R GT3(2014年)

ニュルブルクリンク24時間レースに初めて日本のチームが参戦したのは1990年NISMOで、スカイラインGT-R(R32)でグループNクラス優勝を果たし、翌年も連覇した。

2011年には日産・GT-Rを使用してドイツの地元チーム「シュルツ・モータースポーツ」が参戦し、TVゲームグランツーリスモの開発者である山内一典らの運転でSP8Tクラスのクラス優勝(総合36位)を飾った。2012年にはGTアカデミーチームの山内一典らが運転するGT-Rが同クラスで再びクラス優勝(総合30位)した。また同年には水野和敏率いるGT-Rの市販車開発チームが、GT-Rの開発の一環としてNISMOを介さず、ほぼ市販車のままのGT-Rで参戦するという異例の参戦がされた。

2013年はシュルツ・モータースポーツがグループGT3仕様のGT-RでSP9 GT3クラス参戦するが、エンジン交換を伴うトラブルなどでクラス22位(総合136位)に終わった。2014年にはGTアカデミー・チームRJNとシュルツで合わせて3台のGT-R GT3が参戦し、山内らが駆るシュルツのクラス11位(総合14位)が最高順位であった。

2015年はRJNとシュルツで2台が参戦。ル・マン24時間レースの演習も兼ねたドライバー編成のRJNが、GT3参戦後の最高位となる総合9位でフィニッシュした。2016年はRJNが3台で参戦し、ノントラブルで走り切って総合11位であった。

2017年・2018年は参戦が途絶えていたが、2019年にはタレントの近藤真彦が監督を務めるKONDO RacingがGT3仕様のGT-Rで参戦する。
トヨタ / レクサスレクサス・LC(2018年)「トヨタ自動車のモータースポーツ#ニュルブルクリンク24時間レース」も参照

2007年に当時の副社長であった豊田章男とその師匠である成瀬弘が独自に組織した「Gazoo Racing」が、ニュルブルクリンク耐久選手権(VLN)を含めて毎年参戦している。参戦初年度の2007年は「Team Gazoo」としてトヨタ・アルテッツァ2台で出走し、110号車が総合104位(SP3クラス14位)、109号車が総合110位(SP3クラス16位)で完走している。2008年はレクサス・IS(IS250のMT車)を投入し(当年はVLNのみ出場)、2009年には当時コンセプトカー段階であったレクサス・LFA(当時は「LF-A」表記)を開発を兼ねて持ち込み話題を呼んだ。翌年の2010年にはSP8クラスでクラス優勝(総合18位)を飾り、2012年にも同クラスでクラス優勝(総合15位)を飾っている。また同年にはトヨタ・86も初参戦し、SP3クラスでクラス優勝(総合46位)している。

2014年はSP8クラスにレクサス・LFA、SP3クラスにトヨタ・86が参戦したのに加え、さらに同年より新設されたSP-PROクラスにはLFAをベースとした次世代のスポーツカー技術の研究用車両である「LFA Code X」が参戦、このGAZOO Racingの3台はすべてクラス優勝を果たし「完全制覇」を達成した。

2016年には市販前であったクロスオーバーSUVC-HRを参戦させ、2018・2019年にはSP-PROクラスに研究開発用のレクサス・LCを参戦させるなどトヨタのニュルブルクリンクでの活動は、勝利することを目標とする世界ラリー選手権(WRC)・世界耐久選手権(WEC)に比べて車両開発・人材育成の要素が強い。

プライベーターでは、岐阜県レクサス専門チューニングショップのNOVELがチームを組織して2016年から市販車のIS FRC Fで参戦し、2018年にはクラス2位と3位を獲得した[3]。2019年にはRACING PROJECT BANDOHとのジョイントで、最高峰のSP9クラスにRC F GT3で挑戦する。またトヨタ・チーム・タイランドカローラ・アルティスC-HRで2014年から参戦している。
スバルスバル・WRX STI S206(2012)「スバル・WRX VA#モータースポーツ」も参照

スバルテクニカインターナショナル(STI)が2008年からWRX STIで参加(総合14位・クラス2位)したのが始まりである。スバルが2009年に世界ラリー選手権(WRC)から撤退して以降は、ニュルブルクリンク24時間レースがSTIの欧州における主要活動に取って代わっている。またGAZOO Racing同様、メカニックは全国のディーラーから選んでおり、人材育成の面も強い。

2011年にSP3Tクラスでクラス優勝(総合21位)[4]、翌2012年にも同クラスを連覇した(総合28位)[5]。2013年はマシントラブルでクラス2位(総合28位)、2014年には接触とペナルティでクラス4位に終わったが[6]2015年にはクラス優勝(総合18位)を取り返した[7]。2016年も勝って連覇するが[8]、2017年は接触や炎上によりリタイアし、3連覇を逃した[9]。2018年にはSP3Tクラストップの予選タイムを叩き出して決勝レースをスタートし、1時間ほど順調に走ったものの、パワーステアリングのオイル漏れが発生してピットイン、1時間弱のタイムロスとなるだけでなく、クラストップを明け渡してしまう。またスタートから5時間経過後にはパドルシフトの作動不良、騒音規制オーバーによる失格を防ぐために、エンジン回転数上限を抑制した。途中雨の夜という悪条件下でAWDの力を見せつけ、ラップタイムはハイパワーエンジンを積んだGT3マシンの何台かよりも速かった。その後ゴールまで残り1時間というタイミングで突然のスローダウン、オフィシャルの手により車両はピットに戻りトラブルの原因は不明という状況だった。メカニックの懸命の作業により疑わしき部品を交換してなんとかコースに復帰し[10]、クラス2位のVW「ゴルフ」に13周もの大差をつけて勝った[11]。2019年はマシントラブルもアクシデントもなく、前年同様クラス優勝(総合19位)、3度目の連覇を果たした[12]
ファルケンFALKEN MOTORSPORTS TEAMの日産・フェアレディZ(2008年)

1999年からタイヤメーカーのオーツタイヤ[13]が、N1耐久シリーズのチャンピオンチームを母体とした「FALKEN MOTORSPORTS TEAM」を結成して参戦を継続している[14]。車種は1999年がR33型日産・スカイラインGT-R2000年はGT500仕様トヨタ・スープラ2001年以降は毎年R34型日産・スカイラインGT-Rスーパー耐久仕様の改造車で、特に2002年は総合5位に入賞する活躍ぶりを見せた。


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