ニコラ=ジャン・ド・デュ・スールト
Nicolas-Jean de Dieu Soult
第12代フランス首相
任期
1832年10月11日 ? 1834年7月18日
君主ルイ=フィリップ1世
前任者カジミール・ピエール・ペリエ
ニコラ=ジャン・ド・デュ・スールト(Nicolas-Jean de Dieu Soult, 1769年3月29日 - 1851年11月26日)は、ナポレオン戦争期に活躍したフランスの軍人、元帥。史上6人しかいないフランス大元帥の1人。後には政治家となった。姓はスルトとも表記される。ダルマティア公爵(フランス語版)。 1769年3月29日、公証人の長男として南仏サンタマン=ラ=バスティッド(1851年の死後サンタマン=スールトに改名)で生まれた[1]。最初は弁護士に向けた教育を受けたが、幼くして父を失ったため、1785年に歩兵としてフランス王国陸軍に入隊した[1]。弁護士に向けた教育が功を奏し、スールトは1791年に軍曹に昇進、同年7月にバ=ラン県志願兵大隊の隊長になった[1]。1794年、シェフ・ド・ブリガード
生涯
フランス革命戦争
1799年に師団長に昇進、スイスへの進軍を命じられた[1]。スイスではアンドレ・マッセナのスイス戦役、特に第一次チューリッヒの戦い(英語版)、第二次チューリッヒの戦い(英語版)で軍功を挙げた[1]。その後、マッセナとともにジェノヴァに進軍して包囲(英語版)した[1]。ジェノヴァ包囲戦においてスールトはマッセナの副官を務め、分遣隊を率いて多くの任務をこなしたが、1800年4月13日にモンテクレートで負傷して捕虜になった[1]。同年6月のマレンゴの戦いでフランス軍が勝利したことでスールトが解放され、ナポリ王国南部におけるフランス軍の指揮を命じられた[1]。