ナラ枯れ
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ブナ科樹木萎凋病(ぶなかじゅもくいちょうびょう、英名:Japanese oak wilt[1]、かつてはmortality of oak treesもよく用いられた)とは、コナラ属を中心とするブナ科樹木に発生する病気。通称はナラ枯れやナラ類の集団枯損、以下でも「ナラ枯れ」を用いる。
症状

盛夏から晩夏にかけて表れる葉の萎れがこの病気の兆候である。その後1週間から2週間程度で葉の色は急速に褐色に変わり全身枯死に至る。枯死木の根元には細かい木屑が散乱し、幹には小さい穴が多数認められる[2][3]。枯死木を伐採すると辺材部は茶色に変色している。
原因

ナラ菌Raffaelea quercivoraと呼ばれる菌類の一種の感染による。ナラ枯れ枯死木からはカシノナガキクイムシ(Platypus quercivorus、以下ナガキクイムシ)と呼ばれるナガキクイムシの一種が高確率で発見されることが知られていた。戦前から欧米で蔓延し大きな問題となっているニレ立枯病(オランダニレ病)のようにキクイムシやその近縁の昆虫類は樹木の病原菌を媒介することがあるため、本病に付いても何らかの病原菌が関与しているものとして研究がすすめられた。1998年、森林総合研究所の研究グループが枯死木の変色木材内・およびキクイムシ体表などから見慣れない菌が高確率で発見される現象を報告[4]、さらに接種試験後のミズナラの枯死と病原体の再分離を確認し[4]、病原と同定された。

罹病個体における着色溶液の投与の結果[5][6]などから、ナラ菌の感染からナラ類の枯死に至るメカニズムは欧米で蔓延するニレ立枯病(オランダニレ病)のそれと似ており、菌の感染により樹木側が防御反応としてチロースなどを形成して管類を閉塞し菌の拡大を防ぐことを試みるが、これにより道管も閉塞し水を吸い上げられなくなって枯死してしまうのだと考えられている。
ナラ菌

Raffaelea属菌は世界で10種あまりが確認されており、そのほとんどがキクイムシ・ナガキクイムシから検出されているという[3]。植物に関する病原性を引き起こすことを知られているものは知られていなかったが、本病の発見に続く形でアメリカにおいてR. lauricola[7]。やR. canadensis[8]クスノキ科樹木、韓国においてR. quercus-mongolica[9]、ヨーロッパにおいてR. canadaensisやR. montetyiがブナ科樹木を枯死させる例が近年相次いで報告されている。媒介者はほとんどが本病と同属のPlatypus属のナガキクイムシ類、アメリカの例のみキクイムシの一種Xyleborus glabratusだという。
ナガキクイムシヨーロッパ産同属種Platypus cylindrus

キクイムシ・ナガキクイムシ類はゾウムシに近い種類の甲虫で、その名の通り木を食べる。多くは地味な体色で小さいが非常に多くの種類が知られる。キクイムシ科、ナガキクイムシ科などいくつかの大きなグループがあり、本病のカシノナガキクイムシはナガキクイムシ科に属する。山形県における観察ではこのキクイムシは6月から7月にかけて枯死木内で羽化し[10]。このキクイムシの成虫にはナラ菌を蓄える場所がある。彼らは羽化後、直ちに新しい木に潜り込む。この時フェロモンによって何十匹ものキクイムシが同じ木の同じような高さに集まり潜り込むという性質があり、これをmass attackなどと呼ぶ。この性質がナラ菌の病原性を強めることを助けるという見方があり、単独では小さい範囲で繁殖し僅かな通水障害しか起こさないナラ菌ではあるが、ナガキクイムシが同じような場所に多数潜り込むことによりナラ菌が広範囲で通水障害を起こし病原性を発揮するというものである。ナラ菌を人工的に接種する場合も接種箇所は多い方が病原性は強いという[10]
発病要因
ナラ菌に対する感受性

ブナ科樹木の中でも菌に対しての感受性に差がある。経験則的にミズナラは弱く、ブナは強いとされることが多い。接種試験ではアメリカ産ナラ類のQuercus rubraに対しても病原性を示す[11]
森林環境の変化

カシノナガキクイムシは大径木を産卵対象として好み、大径木からの成虫脱出数が多いことから、大径木の増加が被害の増加に拍車をかけているのではないかという見方がある。ナラ類は萌芽能力に優れるものが多く、かつての薪炭林(里山だけでなく奥山にも多い)では定期的に伐採してはシイタケのほだ木や薪炭の原料にしていたので林内は若い木ばかりであった。しかし、家庭燃料が石油やガスに代わりナラ林は定期的な若返りをしなくなった。このためにキクイムシ繁殖に好適な環境になり生息密度が増えた結果このような被害をもたらしているというものである[12]。ただし、公害や地球温暖化の影響も指摘されており、温暖化の影響については、夏期の高温・少雨の影響が取り上げられることが多いが、それよりも、冬期の高温や春期の降水量の増加が被害を助長している可能性が指摘されている[13]
対策

現在の方法は全体的に昆虫伝搬性の樹木の病気であるニレ立枯病やマツ材線虫病の防除方法に準じる。
ナガキクイムシの駆除

媒介者であるキクイムシを駆除することで病気の蔓延を防ぐというもので現在主流の方法である。具体的には、多数の成虫が脱出する枯死木を切り倒して袋を被せ、薬剤でくん蒸する方法が各地で実施されている。また、キクイムシの脱出前に健全木を切り倒して丸太を並べ、それに誘引・穿孔させて、焼却などによって駆除する餌木誘殺が、1930年代より実施されている。合成したフェロモン剤を餌木丸太に設置して捕獲数を増やす試みも始まっている。その他、雄が発散する集合フェロモンを利用して誘殺するため、ペットボトルで作成したトラップを木に吊す方法が開発され、これによって数十万頭が捕獲され、被害が抑えられた例がもあり、各地で導入が始まっている。キクイムシの穿孔を受け始めた木に殺虫剤を散布する方法でも防除に成功した事例がある。先例となるニレ立枯病においてはキクイムシ駆除を目的に散布されたDDTによって小鳥が変死するなどの影響が見られた民衆の大規模な反対運動が繰り広げられ殺虫剤散布は中止された。この運動のきっかけになったのがレイチェル・カーソン著の「沈黙の春」である。
ナガキクイムシによる攻撃防止

媒介者であるキクイムシの穿孔を防ぐため、木の幹をビニールシートや粘着紙で覆ったり、粘着剤を塗布する方法も開発されている。韓国での同様の被害では、粘着性のあるシートを、毎年、数十万本に被覆するという対策を行ってる。


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