ナックルボール
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ナックルボールを投げるティム・ウェイクフィールド人差し指中指をボールに突き立てているのが分かる。

ナックルボール(Knuckleball)は、野球における球種の1つ。可能な限りボールの回転を抑えた形で投じられ、捕手に届くまでの間に不規則に変化しながら落ちる変化球である。名前の由来は、曲げた指の第1関節(Knuckle)部分でボールを握り、突き出すように投げるからという説、この変化球を投げていたエディ・シーコットのニックネームが「Knuckles」だったからという説、トッド・ラムジーが投げていたナックルカーブとよく似た変化をしていたからなど、メジャーリーグの文献によっても諸説ある。略してナックルともいう。また、この球を中心に投球を組み立てる投手は特にナックルボーラーと呼ばれる。
概要

ほぼ無回転で放たれたボールは左右へ揺れるように不規則に変化しながら落下する。その様は「氷の上をつるつる滑るような変化」「木の葉がひらひらと落ちるような変化」と形容される。右へ曲がったボールが左に曲がって戻って来るなど、常識的には考えにくい不規則な変化から、時として現代の「魔球」と呼ばれる。ただしその変化は打席に立っていないと分かりにくく、球速も遅い(100-110km/h前後)ため、スタンドの観客にとってはただのスローボールのようにも見える。ナックルの描く軌道は打者はおろか受ける捕手や投手本人にすら全く予想がつかないものであり、球種が分かっていても容易に打てる球ではない。そのため、ナックルだけを投げ続ける投球で打者を抑えることも可能である。

欠点としては同じように投げても、変化が小さいとただの遅い球になってしまう可能性があることや、不規則な変化のために緻密なコントロールは不可能で、相手の欠点をつく投球、状況に応じた配球というのは難しいことなどが挙げられる。そのため、ナックルボーラーには打者との駆け引きよりもナックルの投球に集中する事が要求される。また、自然条件の影響(風向き風速天候湿度など)を受けやすく、投球内容に大きく差が出てしまうこともある。また捕球も難しく、ナックルボールを捌ける捕手に限定されてしまう(後述)。

1910年代に活躍したエディ・シーコット以降、メジャーリーグでは多くのナックルボーラーが活躍してきた。フィル・ニークロとその弟のジョー・ニークロがその代表例で、兄のフィルは通算318勝、弟のジョーは通算221勝を挙げている。また、ホイト・ウィルヘルムジェシー・ヘインズ殿堂入りを果たしている。2011年シーズン限りで引退したティム・ウェイクフィールドボストン・レッドソックスなどで長く先発ローテーションを務め、通算200勝を挙げた[1]2012年にはR.A.ディッキーがシーズン20勝でサイ・ヤング賞を受賞した[2]。一方でナックルボーラーは減少傾向にあり、現役メジャーリーガーは2019年現在、ボストン・レッドソックスのスティーブン・ライトのみである。

日本でプレーしたナックルボーラーとしてはロブ・マットソン近鉄)やジャレッド・フェルナンデス広島)が挙げられる。

なお、ナックルカーブは名前や握りこそ似ているが全く異なる変化球である。
変化の原理

ナックルボールにはマグヌス効果による揚力がほとんど働かず、フォークボールのように縦に落ちる。球が完全に無回転であれば落下するのみであるが、リリースからホームベースまでに4分の1から1回転とわずかに回転することで空気にぶつかる縫い目の位置が不規則に変化し続け、この縫い目と空気抵抗による不規則な後流の変化が球の軌道を不規則に変化させる。ナックルは左右の変化が顕著だが、縫い目の効果は上下にも作用しており、さらには縫い目の位置によって後流の大きさも変化するために減速効果も変化してボールの速度も乱れることになり、上下左右前後あらゆる方向に不規則に変化している。また、完全に無回転な球が投げられても空気と縫い目の一つが最初にぶつかることで球は緩やかに回転を始めるとされている。この原理からナックルは極僅かな回転と縫い目の向きが重要だとされる。ナックルボールの変化について福岡工業大学教授の溝田武人が流体力学の研究の一環として論文を発表している。[3][4]
投法ナックルボールの握りの例(2本指)

ナックルの投法を確立したのは、1910年代に活躍したエディ・シーコット(Eddie Cicotte)であるとされる。基本の握りとして、の甲を上にして親指小指でボールを真横から挟み、残りの指を上から突き立てるものが一般的で、この握りを3本指と呼ぶ。ボールを指から離す際に、手首を固定しボールに突き立てた指で押し出すように回転を殺しながら投げる。他にも薬指を小指と共に寝かせ2本指を突き立てる2本指と呼ばれる握りや、全ての指を寝かせる握り、ボールを握る際に指を縫い目に付けるか離すかなど、投手により様々な違いがある。特殊な握りとしては渡辺亮ツーシームに中指と薬指を立てて人差し指を伸ばす握りなどもある。

ナックルの投球はリリースを安定させる必要があるため、下半身をあまり激しく動かさず大きく振りかぶらずに投げる。投法が独特な動作になるため、打者に球種の判別はされやすいが、前述の通りにナックルボーラーの投球はほとんどがナックルであるので特に問題は無い。ナックルは他の球種とは投法が大きく異なり併用が難しいので、ナックルボーラーはナックル以外の球種をほとんど投げず、通常の投球スタイルを持つ投手がナックルを投げることは稀である。また、投法のみならず、通常とは異なるナックルに適した爪の長さや強度の維持、ナックルボーラー専用捕手の存在など一般的な投手とは違う面を持つ場合が多い。ナックルは全力で腕を振らないフォームから投じられるため肩や肘にかかる負担が少ない。そのためナックルボーラーは総じて選手寿命が長く、40歳代後半まで現役で活躍する選手も少なくない(ニークロ兄弟、チャーリー・ハフなど)。
捕球

ナックルは軌道が予測不能であるためにプロの捕手でも捕球が難しい。ナックルボーラーが登板する場合は、チームの正捕手とは限らずにナックルボールの捕球が得意な捕手とバッテリーを組むことが多い。例えば前述のウェイクフィールドが登板する際は、当時レッドソックスの正捕手だったジェイソン・バリテック2004年のポストシーズンで1イニング3捕逸を犯すなどナックルの捕球を極めて苦手としていたため、専属捕手としてダグ・ミラベリが起用されていた。ミラベリはウェイクフィールドとバッテリーを組む時は野球用のミットではなく、クッション量が少なく捕球面積が大きい通称ピーチ・バスケットと言われるソフトボール用のミットを使っていた。2005年オフにミラベリがサンディエゴ・パドレスにトレードに出された際、翌年は当初ジョシュ・バードがウェイクフィールドの専属捕手を務めていたが、バリテック以上に捕逸が多かったことからレッドソックスは5月にバードとのトレードによりミラベリを戻している。

他にも捕球の難しさを示す記録として、チャーリー・ハフとバッテリーを組んだジーノ・ペトレリの1イニング4捕逸の記録がある。

また、捕手は完全に捕球するまでボールから目を切れないことから早めに送球体勢を取ることが出来ず、球速の遅さも手伝って盗塁を許しやすい。そのためナックルボーラーには牽制球やクイック等の技術も要求される。そのため、ナックルボーラーと言われる投手のほとんどは、ワインドアップモーションから投球することはない。常にセットポジションから投球する投手も多い。
日本プロ野球における例

緩急差の見せ球として利用する投手は日本球界にも存在したが、日本人選手でナックルを本格的な決め球とした投手はほとんど皆無といえる。ナックルでストライクを狙って取ることができた投手や、ニークロ兄弟ほどの大きな変化をさせる投手は登場していない。これの理由としては、日本で使われているミズノの球では縫い目が低くて空気抵抗が小さいためとも言われており、後述のジャレッド・フェルナンデスも日本では活躍できずに終わっている。

2008年に引退した前田幸長がナックルの握りを使いこなして実績を挙げたが、ボールが終盤で縫い目から回転を始めるのに対し、彼のナックルは微妙に回転がかかっており、また球速も120km/h近辺であったため、「ナックルチェンジ」や「ナックルフォーク」と呼ばれることがある。

1953年から1965年の間、阪神タイガース (1960年までは大阪タイガース)に在籍した渡辺省三は、「省やんボール」と呼ばれたスローナックルを投げたことがある。後に渡辺は「球速はおそらく50km/hぐらいだったと思う」と述べている。1994年のドラフト1位指名でヤクルトスワローズに入団した北川哲也は、独自に開発を加えたというナックルを武器としていたが、一軍ではあまり通用せずプロ通算4勝に終わっている。


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