分子モデリングの分野では、ドッキング(英: Docking)は、安定なタンパク質複合体を形成するために互いに結合したときに、ある分子の第2の分子に対する好ましい配向を予測する方法である[1]。好ましい配向の知識を使用すれば、例えばスコアリング関数を使用して、2つの分子間の会合の強さや結合親和性を予測することができる。 低分子リガンド(緑)をタンパク質ターゲット(黒)にドッキングさせて安定な複合体を生成する模式図β-2アドレナリン(英語版
)Gタンパク質共役型受容体 (PDB: 3SN6) の結晶構造への低分子(緑)のドッキングタンパク質、ペプチド、核酸、炭水化物、脂質などの生物学的に関連する分子間の関連付けは、シグナル伝達において中心的な役割を果たしている。さらに、相互作用する2つのパートナーの相対的な配向は、生成されるシグナルの種類(例えば、アゴニスト対アンタゴニスト)に影響を与える可能性がある。したがって、ドッキングは、生成されるシグナルの強度と種類の両方を予測するのに有用である。
分子ドッキングは、低分子リガンドの適切なターゲット結合部位への結合コンホメーションを予測できるため、構造に基づいた医薬品設計 (structure-based drug design; SBDD) において最も頻繁に使用される手法の一つである。結合挙動の特性評価は、基本的な生化学的プロセスを解明するだけでなく、薬剤の合理的な設計においても重要な役割を果たしている[2][3]。 分子ドッキングは、「錠前 (lock)」を開ける「鍵 (key)」の正しい相対的な向き(錠前の表面のどこに鍵穴があるか、鍵を挿入した後に鍵をどの方向に回すかなど)を見つけたいという、「鍵と鍵穴説」(lock-and-key) の問題と考えることができる。ここでは、タンパク質を「錠前」、リガンドを「鍵」と考えることができる。分子ドッキングは最適化問題として定義されることがあり、興味のある特定のタンパク質に結合するリガンドの最も当て嵌りのよい(ベストフィットな)配向を記述することになる。しかし、リガンドとタンパク質の両方が柔軟であるため、「錠前と鍵」よりも「手袋の中の手」(hand-in-glove) の例えがより適切である[4]。ドッキングプロセスの間、リガンドとタンパク質は立体配座を調整して全体的な「ベストフィット」を達成する。この種の配座調整により、全体的な結合が生じることを誘導適合と呼ぶ[5]。 分子ドッキング研究では、分子認識プロセスを計算機的にシミュレーションすることに焦点を当てている。それは、タンパク質とリガンドの両方の最適な配座、およびタンパク質とリガンドの相対的な配向を達成し、系全体の自由エネルギーを最小化することを目的としている。 分子ドッキングのコミュニティでは、2つの手法が特に人気がある。1つは、タンパク質とリガンドを相補的な表面として記述するマッチング技術を使用している[6][7][8]。2つ目のアプローチは、実際のドッキングプロセスをシミュレーションし、リガンドとタンパク質のペア毎の相互作用エネルギーを計算する[9]。どちらのアプローチにも大きな利点があり、いくつかの制限もある。これらを以下に概説する。 幾何学的マッチング (geometric matching)/形状相補性法 (shape complementarity methods) は、タンパク質とリガンドをドッキング可能にする特徴の集合として記述する[10]。これらの特徴には、分子表面 ドッキングプロセスのシミュレーションははるかに複雑である。このアプローチでは、タンパク質とリガンドは物理的な距離だけ隔てられており、リガンドはそのコンフォメーション空間内で一定数の「移動」を行った後、タンパク質の活性部位にその位置を見つけだす。この移動には、並進や回転などの剛体変換だけでなく、ねじれ角回転などのリガンドの構造への内部変化も含まれている。リガンドの配座空間におけるこれらの移動のそれぞれは、系の総エネルギーコストを誘発する。したがって、系の総エネルギーは、すべての移動の後に計算される。 ドッキングシミュレーションの明らかな利点は、リガンドの柔軟性を簡単に取り入れることができることであるのに対し、形状相補性技術では、リガンドの柔軟性を取り入れるには独創的な方法を用いなければならない。また、形状補完技術がより抽象的であるのに対し、シミュレーションはより正確に現実をモデル化することができる。
問題の定義
ドッキングアプローチ
形状の相補性
シミュレーション