トヨタ生活協同組合TOYOTA CO-OP
総合事務所
愛称MEGLiA
前身
トヨタ自動車工業株式会社挙母工場互助会(1945年12月15日)[1]
↓
挙母豊田生活消費組合[2]
↓
有限責任挙母豊田生活購買利用組合[2]
設立1949年7月8日[3]
種類生活協同組合
法人番号8180305005438
トヨタ生活協同組合[1][3](トヨタせいかつきょうどうくみあい)は、愛知県豊田市に本部を置く生活協同組合である。
歴史・概要[ソースを編集]
1938年(昭和13年)前後に「トヨタ自動車株式会社」の社内売店として「トヨタ百貨店」が発足したのが始まりで、第二次世界大戦中は「豊友商事」として物資の配給を行っていた[2]。
1945年(昭和20年)12月15日に「トヨタ自動車株式会社挙母工場互助会」が設立され[1]、1947年(昭和22年)4月に任意組合の「挙母豊田生活消費組合」に改組し[2]、1948年(昭和23年)5月1日に「産業組合法」に基づく「有限責任挙母豊田生活購買利用組合」に改組して産業組合となった[2]。
1949年(昭和24年)7月8日に「消費生活協同組合法」に基づく「トヨタ生活協同組合」に改組して生活協同組合となった[3]。
1950年(昭和25年)3月に理容・美容やクリーニングなどのサービス事業を開始し[3]、葬儀や墓石などの葬祭事業やトヨタ自動車工場内・寮の売店・食堂運営にも参入した[5]。
また、1952年(昭和27年)1月には各地域組合員の主婦で地域家庭会を組織化し[3]、店舗などの運営についての意見を反映させており[5]、文化教室の運営などは家庭会での主婦からの要望を反映させる形で開始された[5]。
当組合は「トヨタ自動車」の発展と共に業績が拡大し[2]、互助会発足から約40年後の1984年(昭和59年)度には売上高約488億円で日本国内の生活協同組合では4位[6]、職域生活協同組合では最大の組織へと発展した[7]。なお、この売り上げ規模は当時の小売業全体でも約70位前後であり[6]、中堅のスーパーマーケットに相当するものであった[7]。
こうした事業活動の拡大に対して、地元の挙母商店街協同組合から販売価格を下町の協定と同額にするように要求されたり[2]、下町への進出を阻止されたりするなど地元の一般小売店への配慮も要求されるなど[2]、長年商店街とは対立関係となっていた[8]。しかし、大規模小売店舗法の廃止に伴って大型店の出店が増えたことなどが影響して、豊田市駅前から1997年(平成9年)にアピタ、2000年(平成12年)12月25日にそごう[9]、2002年(平成14年)5月末にサティ[10]と大型店の撤退が相次いだことから[8]、当組合がサティの跡地の一部に出店する形で商店街は協調路線へ転換した[8]。
発足当初はトヨタ自動車の本社西門前に本部店を構えていたが[5]、1976年(昭和51年)3月25日に豊田市山之手に新・本部店を開店した[3]。その後の事業拡大に伴って本部の事務所機能は本部店を離れ[5]、豊田市豊栄町の[3]物流センター内に移転した[5]。
年表[ソースを編集]
1938年(昭和13年)前後 - 「トヨタ自動車株式会社」の社内売店「トヨタ百貨店」が発足[2]。
第二次世界大戦中 - 「豊友商事」が物資の配給業務を実施[2]。
1945年(昭和20年)12月15日 - 「トヨタ自動車株式会社挙母工場互助会」設立[1]。
1947年(昭和22年)4月 - 「挙母豊田生活消費組合」に改組し、任意組合となる[2]。
1948年(昭和23年)5月1日 - 「産業組合法」に基づく「有限責任挙母豊田生活購買利用組合」に改組し、産業組合となる[2]。