トム・ウィルヘルムセン
Tom Wilhelmsenマリナーズ時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地アリゾナ州ツーソン
生年月日 (1983-12-16) 1983年12月16日(40歳)
身長
体重6' 6" =約198.1 cm
230 lb =約104.3 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション投手
プロ入り2002年 MLBドラフト7巡目(全体199位)
初出場2011年4月3日
最終出場2017年6月9日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
ツーソン・ハイ・マグネット高等学校
トーマス・マーク・ウィルヘルムセン(Thomas Mark "Tom" Wilhelmsen , 1983年12月16日 - )は、アメリカ合衆国アリゾナ州ツーソン出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 2002年のMLBドラフト7巡目(全体199位)でミルウォーキー・ブルワーズから指名され、プロ入り[1]。 2003年はA級ベロイト・スナッパーズ
経歴
プロ入りとメジャーデビューまで
野球を続ける意欲を失ったウィルヘルムセンは、2005年に一度引退し、その後はバーテンダーとして生計を立てていた[2]。
2009年、独立リーグであるゴールデン・ベースボール・リーグのツーソン・トロズ(英語版)で現役復帰。現役復帰は将来設計の一環であったという。独立リーグでは防御率6点台と打ち込まれたが、ブルワーズへの復帰が決定した。しかし、直後に肩の神経痛を発症し、解雇されてしまった[2]。 2010年2月、ドラフト時にブルワーズのスカウト部長としてウィルヘルムセンを発掘したジャック・ズレンシック(当時シアトル・マリナーズGM)の手引きにより、マリナーズとマイナー契約を結んだ。この年はA-級エバレット・アクアソックスとA級クリントン・ランバーキングス
マリナーズ時代
2011年は開幕ロースターに入り[3]、4月3日のオークランド・アスレチックス戦でメジャーデビューを果たした。5月17日にAA級ジャクソン・ジェネラルズへ降格したが、8月2日にメジャーへ復帰した[4]。
2012年は途中からクローザーに定着し、29セーブを挙げた。
2013年は不調で夏場にクローザーから外された。
2014年2月25日にマリナーズと1年契約に合意した[5]。この年は、メジャー初先発登板も果たし、多目的で起用された[6]。3年連続55試合以上となる57試合に投げ、自己ベストの防御率2.27をマーク。また、前年に6.0台に低下していた奪三振率は8.0台まで回復し、大活躍を見せた。
2015年は53試合の登板だった。同年は再び、一時的にクローザーも務めて13セーブを記録。防御率が3.00台に逆戻りしたが、奪三振率は2年連続で上昇した。 2015年11月16日にレオネス・マーティン、アンソニー・バスとのトレードで、ジェームズ・ジョーンズ及び後日発表選手(パトリック・キブルハン)と共にテキサス・レンジャーズへ移籍した[7]。 2016年のシーズンは開幕から振るわず、レンジャーズでは21試合に登板して防御率10.55と絶不調だった。6月17日に40人枠を外れてのマイナー降格を拒否し、FAとなった[8]。 2016年6月22日にマリナーズへ復帰した[9]。マリナーズ復帰後は29試合にリリーフ登板し、防御率3.60・1敗1セーブ・WHIP1.28という成績を記録。大炎上したレンジャーズ時代と比すれば、投球内容は改善した。レンジャーズとの合計では、5年連続50試合超となる50試合丁度に登板し、防御率6.80・2勝4敗1セーブ・WHIP1.71という成績だった。なお同年、通算300試合登板を突破。オフの11月18日にDFAとなった後、22日に自由契約となった[10]。 2017年2月10日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[8]。3月28日にメジャー契約を結んで40人枠入りし[11]、27試合に登板して1勝1敗・防御率4.44・17奪三振の成績を残した。6月11日にザック・グレインキーのパタニティリストからの復帰に伴ってDFA[12]、16日に自由契約となった[8]。 2017年6月20日にブルワーズとマイナー契約を結んだと報道され[13]、22日に傘下のAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスへ配属された。
レンジャーズ時代
マリナーズ復帰
ダイヤモンドバックス時代
ダイヤモンドバックス退団後
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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