トイトブルク森
[Wikipedia|▼Menu]
ニーダーザクセン州とノルトライン=ヴェストファーレン州との州境付近の地形図地図

トイトブルクの森(ドイツ語: Teutoburger Wald、地元では「トイト」と呼ばれる)は、ドイツニーダーザクセン州のニーダーゼクシシェス・ベルクラントとノルトライン=ヴェストファーレン州にまたがる、最高地点が海抜 446.4 m の中低山地である[1]。北西はヘルステル近郊のテックレンブルガー・ラントからオスナブリュックビーレフェルトの近傍を通り、南東はホルン=バート・マインベルクに至る。17世紀までは南東に続くエッゲ山地(ドイツ語版、英語版)と併せて「オスニング」と総称されていた[2]

トイトブルクの森は、西暦9年ローマ人ゲルマン人との間で起こったヴァールスの戦い(トイトブルクの森の戦いとも呼ばれる)で知られている。観光地としては、ヘルマン記念碑(ドイツ語版、英語版)、自然文化財のエクテルンシュタイネ(ドイツ語版、英語版)やデーレンター・クリッペンがある。最も高い山はバルナッケン(ドイツ語版、英語版)である。
名称

「オスニング」は、1616年にドイツの地理学者で歴史家のフィリップ・クリューヴァー(ドイツ語版、英語版)によって「トイトブルクの森」と改名された[3]。これは、 ローマ軍がケルスカー族(ドイツ語版、英語版)の族長アルミニウスに率いられたゲルマン軍によって撃破されたヴァールスの戦い(clades Variana、直訳すると「ヴァールスの敗北」、「トイトブルクの森の戦い」の名でも知られる)が行われた地域としてローマの文筆家タキトゥスが記述している teutoburgiensis saltus をドイツ語に訳し戻した名称である。クリューヴァーは、この地に実在するトイトベルクに基づいてこの仮説を組み立てた。ブロムベルクの牧師ヨハネス・ピデリートが1627年にこの説に賛同した[4]。新しい名称の使用は18世紀から始まった。決定的だったのはパーダーボルンミュンスターの司教領主フェルディナント・フォン・フュルステンベルクが1669年に Monumenta Paderbornensia で使用し、出版された地図にもこの名称が用いられたことであった。

「オスニング」は現在でもトイトブルクの森の一部であるビーレフェルト南東のエプベルク (309.5 m) 周辺の名称として用いられる。日常的な会話においては、「トイトブルクの森」という名称はしばしば「トイト」と短縮して呼ばれる[注 1]バート・イーブルク周辺はイーブルクの森、エルリングハウゼンホルン=バート・マインベルクとの間はリッペの森とも呼ばれる。
地理
位置

トイトブルクの森は、ウンテーレス・ヴェーザーベルクラント(ヴェーザー川下流域山地)の一部であるニーダーゼクジシェス・ベルクラントに位置する。ニーダーザクセン州に属すオスナブリュク郡以外は、ノルトライン=ヴェストファーレン州に属している。北西はテックレンブルガー・ラントに位置するヘルステルから南に、イベンビューレン、オスナブリュックの近傍をかすめ、ギュータースロー付近でオストヴェストファーレンへ入り、ビーレフェルトの市域内およびリッペ郡エルリングハウゼンデトモルト近郊を通って南東のホルン=バート・マインベルクに至る。

ホルン=バート・マインベルクの近くに、南に延びるエッゲ山地との接続点がある。接続点はクニーベルク (365.1 m) の南東に接するジルバーミューレ (249.1 m)、すなわちフェルトロムから北北東にレオポルツタールへ向かって流れるジルバーバッハ川である。クニーベルクはその南方でジルバーバッハ川の谷の西側に位置するブーヒェンベルク(約 385 m)とともにトイトブルクの森南東部の山である。この谷の南東にリッピシェス・フェルマーストート (441.4 m)の北斜面、およびその南に位置するプロイシシェス・フェルマーストート(約 464 m)はエッゲ山地の最も北部に属している。こうした山地接続点の南西に、トイトブルクの森南東部の南西麓であり、エッゲ山地北部の西麓にあたる砂地のゼンネ地方が位置している。

褶曲山地であるトイトブルクの森は、その北側に位置するヴィーエン山地とともに北ドイツ盆地にそびえている。この中低山地の南西にはヴェストファーレン盆地、東にはリッパー・ベルクラントがある。

トイトブルクの森の最高地点は、山地最高峰のバルナッケン (446.4 m) で、山地南東部に位置している。山地の北西部では、森に覆われた山はほぼ連続的に高度を下げ、ヘルステルの南南東に位置するフックベルク (95.2 m) で最低点となった後、エムス川西岸に張り出した支脈のティーベルク (83.5 m) を終端とする。TERRA.vita 自然・地質学公園トイトブルクの森/エッゲ山地自然公園
自然公園

トイトブルクの森のほぼ全域が、2つの隣接する自然公園のいずれかに属している。北西部(ビーレフェルトの北西側)と北に位置するヴィーエン山地には、広さ 1,220 km2 の TERRA.vita 自然・地質学公園がある。また、南東部(ビーレフェルトの南東側)とエッゲ山地およびディーメルタールまでのその南周辺部には広さ 2,711 km2 のトイトブルクの森/エッゲ山地自然公園(かつてはエッゲ山地およびトイトブルクの森南部自然公園とも呼ばれた)がある。

トイトブルクの森は、南東部ではエッゲ山地に直接つながっている。このため、どの山が最も高いのか、すなわちどの山がどちらの山地に属すのかは、一見はっきりしていない。これに関しては、リッピシェ・フェルマーストートとプロイシシェ・フェルマーストートが議論となる。しかし、これらは既述の通り、地質学上はエッゲ山地に属す山である。

トイトブルクの森の最も南東にあたるジルバーバッハタール北西岸に位置するバルマッケン (446.4 m) がこの山地全体で最も高い山である。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:31 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef