デザイン思考
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デザイン思考(でざいんしこう、: Design thinking)とは、デザイナーがデザインを行う過程で用いる特有の認知的活動を指す言葉である[1]
目次

1 起源

2 解決志向の思考

2.1 ブライアン・ローソン――建築家vs.科学者

2.2 分析と総合

2.3 発散思考と収束思考


3 問題解決プロセスとしてのデザイン思考

4 デザイン思考の性質

4.1 原理

4.2 厄介な問題

4.3 「アハ体験」

4.4 方法とプロセス

4.5 デザイン思考と学習における視覚アナロジーの使用


5 科学や人文学との違い

5.1 デザインの言語

5.2 ビジネスにおけるデザイン思考

5.3 教育におけるデザイン思考

5.4 ICT活用した教育・学習におけるデザイン思考


6 歴史

7 関連項目

8 脚注

9 参考文献

起源詳細は「#歴史」を参照

デザインを科学における「思考方法」として捉える見方は、古くはハーバート・サイモンの1969年の著書『システムの科学(The Sciences of the Artificial)』[2]に見られ、またデザイン工学分野ではロバート・マッキムによる『視覚的思考の経験(Experiences in Visual Thinking)』[3](1973年)にも見出すことができる。ピーター・ロウの『デザインの思考過程(Design Thinking)』(1987年)は建築家都市計画者が用いる方法とアプローチを記述したもので、デザイン研究において「デザイン思考」という言葉が用いられた初期の顕著な文献である[4]。ロルフ・ファステは1980年代から1990年代にかけてスタンフォード大学にてマッキムの業績を拡張し[5][6]、「創造的営為の方法としてのデザイン思考(design thinking as a method of creative action)」を教授した[7]。デザイン思考のビジネスへの応用はファステのスタンフォードでの同僚であるデビッド・ケリーによって開始された。ケリーは1991年にIDEOを創立した人物である[8]。リチャード・ブキャナンによる1992年の論文「デザイン思考における厄介な問題(Wicked Problems in Design Thinking)」では、デザイン思考とはデザインを通じて人間の困難な課題を扱うものだという見解が打ち出された[9]メディアを再生する デザイン思考の例を示すビデオ
解決志向の思考

デザイン思考は実践的かつ創造的な問題解決もしくは解決の創造についての形式的方法であり、将来に得られる結果をより良くすることを目的としている。この点においてソリューション・ベースドもしくは解決志向の思考方法の一つと言うことができ、特定の問題を解決することではなく、目標(より良い将来の状況)を起点に据えている。問題に関する現在と未来の条件とパラメータを考慮することで、代替となる複数の解決方法が同時に探求されるのである。ナイジェル・クロスによれば、この種の思考法は人工的な建築物や環境において最も頻繁に生じるという[10]

このアプローチとは対照的な科学的方法では、問題の解決を生み出す際にその問題のパラメータを徹底的に定義することから始められる。他方のデザイン思考は、現況について既知の側面だけでなく未確定の側面も合わせて同定・検討することにより、目標達成につながる隠れたパラメータと代替的手段を切り開こうとする。デザイン思考は反復的な性格を有しており、途中で得られた「解決」は他の道へ繋がる潜在的なスタート地点でもあり、場合によっては最初の問題を再定義することもありうる。
ブライアン・ローソン――建築家vs.科学者

1972年に、心理学者・建築家・デザイン研究者のブライアン・ローソンが問題志向の人間と解決志向の人間の差異を明らかにするための経験的研究を行った。対象となる学生を2つのグループ、すなわち建築学専攻の学部4年生と自然科学専攻の大学院生に分け、色の付いたブロックを使って一層の構造を作るように指示した。層の境界線は赤色か青色のどちらかを適切に用いて縁取られていたが、それ以外にもいくつかのブロックの配置の仕方には暗黙の規則が見られた。ローソンは自身の発見について次のように述べている。.mw-parser-output .templatequote{overflow:hidden;margin:1em 0;padding:0 40px}.mw-parser-output .templatequote .templatequotecite{line-height:1.5em;text-align:left;padding-left:1.6em;margin-top:0}

自然科学専攻の学生は、なるべく異なる種類のブロックを用いて多くの組み合わせを作り、可能な限り早く出来上がるようなデザインを試そうとした。つまり、可能な組み合わせを用いて得られる情報量を最大化しようとしたのである。可能なブロックの組み合わせ方についての規則が発見された時点で、今度はレイアウトをどのような色にすれば課題を適切に解決できるかを考え始めた[問題志向]。対照的に、建築専攻の学生は適切に色づけられた境界線が出来上がることを目指してブロックを選んでいった。一度試してみて、もし組み合わせが上手く行かなかったら、今度はその次に良いとされる組み合わせでやり直していき、採用案が発見されるまでその作業を続けた[解決志向]。—Bryan Lawson、How Designers Think[11]

ナイジェル・クロスによれば、ローソンの研究が与えてくれる示唆とは、科学者は分析によって、デザイナーは総合によってそれぞれ問題解決を行うことだという[10]
分析と総合

分析と総合という言葉は(古代)ギリシャ語を語源としており、文字通りにはそれぞれ「緩める」ことと「まとめる」ことを意味している。一般的には、分析とは概念的・実体的な全体を部分や構成要素に分解する手続きのことを指す。総合はそれとは反対の手続きであり、分離された要素や構成要素を一貫性のある全体にまとめあげることだとされている。しかし、科学的方法としての分析と総合は常に並行関係にあり、互いに補完し合っているのである。あらゆる総合は先行する分析結果から出来上がるものであり、あらゆる分析は後続する総合によってその結果を確認・修正することを求められている[12]
発散思考と収束思考

デザイン思考は最初に発散思考(divergent thinking)によって可能な限り多くの解決を探り、その後で収束思考(convergent thinking)によってこれらの可能性を一つの最終案に絞り込んでいく。発散思考とは一つのテーマについて通常とは異なるユニークで多様なアイデアをもたらす能力であり、収束思考とは与えられた問題に対して一つの「正しい」解決を見つけるための能力である。デザイン思考は発散思考によって(実行可能・不可能を問わず)多くの解決を想像し、そうしてから収束思考によって最高の解決を選びとり現実化するのである。
問題解決プロセスとしてのデザイン思考

分析思考とは異なり、デザイン思考はアイデアの「積み上げ」によるプロセスであり、「ブレーンストーミング」の段階ではアイデアの幅に制限を設けることはほとんど、あるいは全くない[13]。これにより、参加者の失敗に対する恐怖は小さくなり、アイデア出しの段階で広く多様な情報源を用いることができる。「箱の外に出て考える(thinking outside the box)」というフレーズはブレーンストーミングの目標の一つを表現するために作られた言葉である。それにより、与えられた状況下における隠された要素と曖昧さを発見することが容易になり、誤った前提を見つけ出す手助けにもなる。

デザイン思考のあるバージョンには以下の7つの段階がある。定義(define)、研究(research)、アイデア出し(ideate)、プロトタイプ化(prototype)、選択(choose)、実行(implement)、学習(learn)[2]。この7段階を通じて、問題が定式化され、正しい問題が問われ、より多くのアイデアが生み出され、そして最高の答えが選ばれるのである。これらの段階は線形的ではなく、同時に発生することもあれば繰り返されることもありうる。ロバート・マッキムはプロセスをよりシンプルに表現し、「表現―テスト―サイクル(Express?Test?Cycle)」とした[3]。他には、クリストフ・マイネルとラリー・ライファーが提案する5段階プロセスがあり、「問題の(再)定義((re)defining the problem)、ニーズの発見とベンチマーキング(needfinding and benchmarking)、アイデア出し(ideating)、建設(building)、テスト(testing)」とされている[14] 。また、スチュアートのPDSAサイクルもデザイン思考の一種といえるかもしれない。

デザインは常に個人の選好に影響されるものであるが、デザイン思考という方法論にはいくつかの共通の特徴がある。それらは、創造性、両手ききの思考(ambidextrous thinking)、チームワーク、ユーザー中心性(共感性)、好奇心、そして楽観主義である[6]

プロセスのたどり方は厳密に循環的であるわけではない。マイネルとライファーは次のように述べている。「これらの段階は十分に単純ではあるが、正しい変曲点と次のステップを適切に選択するために求められる適応的熟達には高次元の知的活動を伴う。しかし、それは訓練によって学習可能な能力である」[14]


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