テロメラーゼ
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テロメラーゼによるテロメア配列付加の模式図:上)ヒトのテロメラーゼは染色体末端DNAの 3'側に6塩基配列 TTAGGGを付加する。下)付加された配列をテンプレート(鋳型)としてDNAポリメラーゼが相補鎖を合成する。末端複製問題とテロメア:左)DNAはDNAポリメラーゼ(青丸)によって複製されるが、最末端のプライマー(赤線)部分は複製されない。このため、複製のたびにDNAは短縮する。これが「末端複製問題」である。右)生殖細胞やがん細胞ではテロメラーゼによって末端部分の複製が行われる。テロメラーゼ活性がない体細胞では分裂ごとに短縮がおこり、一定以上短くなると分裂を停止し細胞老化が起こる。

テロメラーゼ (: telomerase) は、真核生物染色体末端(テロメア)の特異的反復配列を伸長させる酵素。テロメア伸長のテンプレート(鋳型)となるRNA構成要素と逆転写酵素活性を持つ触媒サブユニットおよびその他の制御サブユニットによって構成されている[1][2][3][4][5]

テロメラーゼ活性が低い細胞は、一般に細胞分裂ごとにテロメアの短縮が進み、やがてヘイフリック限界と呼ばれる細胞分裂の停止が起きる[6][7][8]。テロメラーゼは、ヒトでは生殖細胞幹細胞がん細胞などでの活性が認められ、それらの細胞が分裂を継続できる性質に関与している[1]。このことから、活性を抑制することによるがん治療、および活性を高めることによる細胞分裂寿命の延長、その両面から注目を浴びている。

酵素によりテロメアが伸長されることは、1973年にアレクセイ・オロヴニコフ (Alexey Olovnikov) によって最初に予測された[9]。彼はまた細胞老化に関するテロメア仮説およびがんとテロメアの関連について示唆を行った。

1985年カリフォルニア大学キャロル・W・グライダーエリザベス・H・ブラックバーンは、テトラヒメナからこの酵素を単離したことを公表した[10]。グライダーとブラックバーンはジャック・W・ショスタクと共に、テロメアとテロメラーゼに関する一連の研究で[10][11][12]、2009年ノーベル生理学・医学賞を受賞した[13][14]
概要
構造と機能

テロメラーゼはテロメア配列の鋳型となるRNA逆転写酵素、その他の制御サブユニットからなる複合体である[1]。RNA構成要素はTERC (Telomere RNA Component, TRとも表記) 、逆転写酵素はTERT (Telomere Reverse Transcriptase) と呼ばれる。このRNAの長さはテトラヒメナで159塩基長、ヒトで451塩基長、出芽酵母で約1,300塩基長と様々である。逆転写酵素の活性部位はRNA型トランスポゾンがコードするそれと相同性がある。過剰発現の実験から、テロメラーゼ活性自体はRNAと逆転写酵素の二つの構成因子で十分であることがわかっているが[1]、テロメラーゼは生体内において巨大な複合体 (1MDa以上) を形成しており、正常な機能には他の構成サブユニットも必要である。

ヒトのテロメラーゼは、TERT[2]、TERC[3]、ジスケリン (dyskerin) [4]、TEP1[5]などのサブユニットによって構成されており、それらは異なる染色体上の遺伝子座にコードされている。TERT翻訳産物タンパク質)は、非翻訳RNAであるTERCと一緒に折りたたまれる。TERTは一本鎖テロメア反復配列を付加できるように染色体の周囲を覆う二股の構造をとる。TERTとテロメアの鋳型を含むTERCは隣接している。ヒトTERCでは鋳型配列領域は 3'-CAAUCCCAAUC-5'であり、これを元にTERTはテロメアの3'側へ塩基を付加する(脊椎動物では6塩基配列5'-TTAGGG-3'(GGTTAG)を付加するが、他の生物では別の配列)[15]。テロメラーゼは、この塩基付加を繰り返し、染色体のテロメアの伸長を行う。

コクヌストモドキ (Tribolium castaneum)  TERTのタンパク質構造の詳細な解析が、2008年に行われた[16]。このTERTは4つの保存されたドメイン(TRBD[17], fingers, palm, thumb)を含むタンパク質であり、レトロウイルスの逆転写酵素・ウイルスのRNAポリメラーゼバクテリオファージDNAポリメラーゼ(ファミリーB)と共通の特徴を持つ環状構造をとっている。

テロメアおよびテロメラーゼの分子機構に関する実験には均一な細胞群を用いることが求められるため、主に出芽酵母やテトラヒメナといった単細胞生物、および哺乳類では培養細胞を用いて研究が行われている。テロメラーゼは細胞周期S期(DNA合成期)にテロメアに誘導されて機能する。出芽酵母の研究では、テロメラーゼは細胞内で最も短いテロメアから優先的に伸長させていくことがわかりつつあり、長すぎるテロメアには抑制的に働く機構が見いだされている。
活性

テロメラーゼの活性については、生物組織・細胞の種類によって異なることが知られている。真核単細胞生物は例外なくテロメラーゼ活性を持ち、真核多細胞生物では生殖細胞にはテロメラーゼ活性があるが体細胞での活性はさまざまである[1]植物においては調べられた殆どの体細胞でテロメラーゼ活性があり、このことが株分けなど栄養生殖でほぼ無限に増殖できる不死性を持つ一因になっていると考えられている。ヒトでは生殖細胞・幹細胞以外での活性がほとんど見られないが、同じ脊椎動物でも魚類マウスチンパンジーでは体細胞でのテロメラーゼ活性が観察されている[1]

ヒトでのテロメラーゼ構成要素の発現をみると、RNA構成要素TERCは体細胞でも発現しており、酵素活性は触媒サブユニットTERTの発現で調節されている[18]。ヒト培養細胞でゲノム中のTERTを強制発現をさせることは困難であるが、人為的に別のプロモーターを付加したTERTを導入することにより細胞の不死化を行うことができる。ヒトのがん組織の多くではテロメラーゼが大量に存在しており、がん細胞の不死化の原因の一つと考えられている[18](一部のがん組織はテロメラーゼ陰性[19])。また、生殖細胞は個体を超えて世代を継続させる一種の不死性を持つが、テロメラーゼが恒常的に発現していることがその一因となっている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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