テキサス州対ジョンソン事件
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テキサス州対ジョンソン事件
合衆国最高裁判所
弁論:1989年3月21日
判決:1989年6月21日
事件名:テキサス州対グレゴリー・リー・ジョンソン事件
前史Defendant convicted, Dallas County Criminal Court; affirmed, 706 S.W.2d 120 (Tex. App. 1986); reversed and remanded for dismissal, 755 S.W.2d 92 (Tex. Crim. App. 1988); cert. granted, 488 U.S. 884 (1988).
裁判要旨
アメリカ国旗の冒涜に刑罰を科す制定法は修正第1条に反する。テキサス州刑事控訴裁判所の判決を維持する。
意見
多数意見ブレナン
賛同者:マーシャル、ブラックマン、スカリア、ケネディ
同意意見ケネディ
少数意見レンキスト
賛同者:ホワイト、オコナー
異議意見スティーブンス
参照法条
U.S. Const. amends. I, XIV; Desecration of a Venerated Object, Tex. Penal Code § 42.09(a)(3)

テキサス州対ジョンソン事件(てきさすしゅう たい じょんそんじけん、Texas v. Johnson、491 U.S. 397 (1989))は、アメリカ合衆国の国旗冒涜を禁じるテキサス州法を違憲とした合衆国最高裁判所の画期的判決(landmark decision)である。ウィリアム・ブレナン裁判官が被告人グレゴリー・リー・ジョンソン(英語版)による国旗焼却行為は合衆国憲法修正第1条に基づいて保護される表現に該当するとした多数意見を執筆し、これを裁判官9人中5人が支持した。デヴィッド・D・コール(英語版)及びウィリアム・クンスラー各弁護士が、ジョンソンの弁護人を務めた。
事件の背景ジョンソン(向かって右側)と弁護士クンスラー(1989年ころ)

事件当時、グレゴリー・リー(・ジョーイ)・ジョンソンは、Revolutionary Communist Youth Brigade(革命共産主義者青年団)の一員であり[1]、ダラスで行われた1984年共和党全国大会の期間中、レーガン政権及びダラスを拠点とする企業に反対する政治デモ活動に参加した。デモ隊は街中を行進し、植木鉢をひっくり返す、壁に落書きをするといった行動をとっていたが、ジョンソン自身はそのような行動には加わっていなかった。ある時点で、別のデモ参加者の一人が、標的とされた施設の外にある旗竿から取ってきたアメリカ国旗をジョンソンに手渡した[2]

デモ隊がダラス市庁舎に到着したとき、ジョンソンは国旗に灯油を注ぎ、火をつけた。国旗が燃えている間、デモ隊は、「アメリカよ、赤、白それに青、てめえに唾を吐いてやる。てめえの意味は収奪、てめえの末路は沈没」、「レーガン、モンデール、どっちになる? どっちでも第三次世界大戦だ」といった語句を叫んでいた[3]。これによって物理的に傷ついた者はいなかったが、国旗焼却の目撃者のうち何人かは、非常に不快に感じたと話した[4]。見物人の一人、ダニエル・E・ウォーカーは、国旗の燃えかすを集め、フォートワースの自宅の裏庭に埋めた。

ジョンソンは、崇敬の対象となっている物の損壊を禁じるテキサス州法に違反したとして起訴された(崇拝対象物の冒涜)。ジョンソンは有罪となり、1年の拘禁刑及び2000ドルの罰金刑を宣告された。これに対し、ジョンソンはテキサス州第5地区控訴裁判所に控訴するも判断は覆らなかった。だが、第三審のテキサス州刑事控訴裁判所での手続において、同裁判所は有罪判決を破棄し、テキサス州は国旗を焼却したことをもってジョンソンを罰することはできない、なぜなら合衆国憲法修正第1条はそのような行動を象徴的言論として保護しているからであると判示した[5]

同裁判所は、「(他者と)異なる権利は、我らが修正第1条の自由の中核をなすと認められることから、政府は、市民の一体感を命令によって強制することはできない。それゆえ、まさにその政府が一体性の象徴を作り上げ、当該象徴と関連づけられるべき承認された一連の言説というものを定めることは許されない」とした。また、同裁判所は、本件における国旗焼却によって、治安侵害又はそのおそれは生じていないと結論付けた[5]

テキサス州は、連邦最高裁判所に上告受理申立てを行い、受理される[6]。1989年、最高裁は判決を言い渡した[5]
最高裁判所の判断多数意見を執筆したブレナン裁判官

最高裁の意見は割れ、5対4の僅差で上記テキサス州法を適用してジョンソンを国旗冒涜により有罪とすることは合衆国憲法修正第1条に反するとされた。多数意見(法廷意見、以下「裁判所」)はウィリアム・J・ブレナン・ジュニア裁判官が執筆し、サーグッド・マーシャルハリー・ブラックマンアントニン・スカリア及びアンソニー・ケネディの各裁判官がこれに加わった。多数意見に加わった上で、ケネディ裁判官は別に補足意見を書いている[7]

まず、裁判所は、合衆国憲法修正第1条が非言語的活動(non-speech acts)を保護の対象としているか否かという論点について検討した。なぜなら、ジョンソンは、言語的なコミュニケーションではなく国旗の冒涜によって有罪とされたからである。その上で、もし対象としているのであれば、ジョンソンによる国旗の焼却が表現的行為を構成し、その有罪判決について争うにあたって修正第1条の発動が許されるかを検討した。

「言論」(speech)について、その自由の剥奪を修正第1条は明示的に禁じているが、裁判所は、長きにわたって認められてきたように、その保護の対象が話す又は書く言葉にとどまるものではないことを改めて確認した[* 1]

裁判所は、「それによって思想を表現する意図があれば、個人の行うあらゆる種類の行為が際限なく『言論』とみなされ得るという見解」を否定しつつも、「意思伝達的要素を十分に備えた行為であれば、修正第1条及び第14条の射程に含まれる可能性がある」ことを認めた[10]。そして、特定の行為が、修正第1条を適用するに足る意思伝達的要素を有するかを決するにあたり、裁判所は「特定の意思を伝達する意図が存在し、それを目にしたものが当該意思を理解できる蓋然性が認められるか」を問題にした。

裁判所は、その周囲の状況に照らし、ジョンソンが国旗を焼却した行為は、「表現的行為を構成し、修正第1条の発動が許される」と判断した。当該行為は共和党全国大会と時期を同じくして実施されたデモ行為の最後になされており、その表現的かつあからさまに政治的な性質は、そのように意図されたものであり、かつ極めて明白なものであるとした。その上で、一般的に、政府は表現的行為を制限するにあたり、書く又は話す言葉を制限する場合に比してより広範な裁量を持つものであるが」、他方で「それが表現的要素を持つからといって、特定の行為を禁止する」ことが許されるわけではないと結論付けた。

もっとも、テキサス州は、ジョンソンの行為がその本質において表現的であることを認めていた[11]。そのため、裁判所によって検討された鍵となる論点は、表現そのものに対する規制ではない場合を対象としたより制限的でない緩やかな合憲性判定基準であるオブライエン・テスト(英語版)適用の可否を決する前提として、「テキサス州が、ジョンソンを有罪とする理由となる利益の存在を主張しており、それが表現の抑圧とは無関係なものであるか」否かであった。

公判において、テキサス州は次の二つの論拠によって、当該州法が合憲であると主張していた。まず第一に、州は治安侵害を予防するやむにやまれぬ利益(compelling interest)を有していたという点、第二に、州は崇拝の対象となっている国家の象徴を保護するやむにやまれぬ利益を有していたという点である。

しかし、第一の「治安侵害」に基づく正当性の主張に関し、裁判所は、「ジョンソンの国旗焼却によって、治安が現実に妨害された、又はそのおそれが生じたとはいえない」と判断し、そのことはテキサス州も同様に認めていた。裁判所は、国旗焼却には治安侵害を「誘発する傾向」があるとの根拠に基づき、これを罰し得るとするテキサス州の主張を排斥した。その判断にあたり、裁判所は「差し迫った非合法な行動」(imminent lawless action)[* 2]を扇動するものである場合に限って言論を処罰し得るとした1969年のブランデンバーグ対オハイオ州事件の基準を引用した上で、国旗焼却は、差し迫った非合法な行動のおそれを必ずしも誘発するものではないとした。また、喧嘩言葉(英語版)(fighting words)の法理[12]についても、ジョンソンの表現的行為は合理的な見物人(reasonable onlooker)であれば個人的な侮辱や格闘への誘引とみなすようなものではなかったとしてその適用を否定した。さらに、裁判所は、「治安侵害」を直接的に処罰するテキサス州法の規定が別に既に存在することから、国旗冒涜を罰することなく治安妨害の予防は達成し得ると指摘した[7]

また、第二の象徴としての国旗を保護する利益に関しては、「国家と国家の統一性の象徴」としての意味が否定されることに対する懸念自体が、国旗はそのような意味を有しない、あるいは国家としての統一性といったものは享受したくないという意思を伝達する個人との関係でまさに「自由な表現の抑圧」と関連するものであるから、まず本件はオブライエン・テストの射程外にあると判断した[13]

さらに、象徴の保護という利益によってジョンソンを有罪とすることが正当化し得るかという点については、テキサス州法は国旗の物理的一体性を損なう行為全般ではなく、意図的に他者を「著しく不快」にさせる(serious offense)ものに限って禁じていたところ、ジョンソンはそのような政府の政策に対する不満という修正第1条の価値の中核をなす表現をしたことによって起訴されたとし、かかる内容に基づく規制は「最も厳格な審査」(the most exacting scrutiny)に服さなければならないことを示した[14]。そして、裁判所は、「修正第1条の根底に横たわる岩盤としての原理があるとすれば、それは、単に社会がある思想を単に不快又は不愉快と考えるからといって、政府が当該思想の表現を禁じることはできないということである」とした[15]


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