ツール・ド・フランス1930
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ツール・ド・フランス1930は、ツール・ド・フランスとしては24回目の大会。1930年7月2日から7月27日まで、全21ステージ、全行程4818kmで行われた。
国・地域別対抗戦がスタート

ともすれば個人任せというルールであるがゆえに、1929年ツール・ド・フランスにおいて、ヴィクトール・フォンタンがマイヨ・ジョーヌを着用したまま棄権せざるを得なくなったことをきっかけにして、今大会から個人での参加はできなくなり、国・地域のチームにエントリーされた選手だけが出場できることになった。しばしば近代ツールという言葉が使われるケースがあるが、それは事実上今大会に始まるといっても過言ではない。なお、国・地域別のチーム編成は、1961年まで続けられることになる。

参加チームは、ベルギーイタリアスペインドイツフランスの各ナショナルチームに加え、いわゆる多国籍軍ともいえる混成7チームの合計12。

序盤はレアルコ・グエッラアルフレッド・ビンダらを擁するイタリアチームが優勢に立ったが、ピレネー越えステージ序盤の第9ステージにおいて、アンドレ・ルデュックアントナン・マーニュらを擁するフランス勢が、総合首位にいたグエッラを壊滅に追い込み、このステージでマイヨ・ジョーヌをつかんだルデュックが最後まで首位を守って総合優勝を果たした。
総合成績

順位選手名国籍時間
1
アンドレ・ルデュック フランス172時間12分16秒
2レアルコ・グエッラ イタリア+14分13秒
3アントナン・マーニュ フランス+16分03秒
4ジェフ・ドミュイセール ベルギー+21分34秒
5マルセル・ビド フランス+41分18秒
6ピエール・マーニュ フランス+45分42秒
7フラン・ボンデュエル ベルギー+56分19秒
8ブノワ・フォレ ドイツ国+58分34秒
9シャルル・ペリシエ フランス+1時間04分37秒
10アドルフ・シェーン ドイツ国+1時間21分39秒

マイヨ・ジョーヌ保持者

選手名国籍首位区間
シャルル・ペリシエ フランス第1
レアルコ・グエッラ イタリア第2-第8
アンドレ・ルデュック フランス第9-最終

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第24回ツール・ド・フランス1930(フランス語)










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