ツォルンの補題
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ツォルンの補題により全ての連結グラフ全域木を持つことが分かる。部分グラフのうち、木であるものからなる集合は包含関係により順序付けられ、鎖の和集合は上界となる。ツォルンの補題により極大の木が存在する。グラフが連結であるため、これは全域木である。この図のような有限グラフについてはツォルンの補題は不要である。

集合論においてツォルンの補題(ツォルンのほだい、: Zorn's lemma)またはクラトフスキ・ツォルンの補題(クラトフスキ・ツォルンのほだい)とは次の定理をいう。
命題 (Zorn の補題)
半順序集合Pは、その全ての鎖(つまり、全順序部分集合)がPに上界を持つとする。このとき、Pは少なくともひとつの極大元を持つ。

この定理は数学者マックス・ツォルンカジミェシュ・クラトフスキに因む。選択公理と同値な命題の一つ。
準備

この補題で使われている用語の定義は以下のとおりである。集合 P と順序関係 ≤ によって定まる半順序集合を(P, ≤) とする。順序関係において、元 s とt が s ≤ t かつ s ≠ t であるとき、s < tと表す。部分集合 T が 全順序 であるとは、 T の各元 s と t について、s ≤ t または t ≤ s が必ず成り立つことを言う。T が P に上界 u を持つとは、T の元 t がつねに t ≤ u を満たすことをいう。注意として、u は P の元であればよく、T の元である必要はない。P の元 m が 極大元 であるとは、P の元 x で、 m < x となるものは存在しないことをいう。

部分集合としての空集合は自明なであり、上界を持つ必要がある。空な鎖の上界は任意の元なので、このことから 上記の命題においてP が少なくともひとつの元を持つこと、すなわち空集合でないことが分かる。よって、以下の同値な定式化が可能となる。
命題
Pを空でない半順序集合で、その任意の空でない鎖は P に上界を持つとする。このとき P は少なくともひとつ極大元を持つ。

これらの違いは微妙なものであるが、ツォルンの補題を使った証明において半順序として包含関係に代表されるような集合同士の関係を用いる場合、鎖を集合族として/その上界を鎖となった集合族の合併としてとる事があり、その際に空な族の合併は空集合になる一方で空なる鎖の上界は任意の「空でない集合」であるという不一致が、台集合に元として空集合が所属していない場合に起こるので、予め定義において空な鎖について考えなくてよいとの明言が議論を簡単にするという点で使い分けることができる。

ZF集合論において、ツォルンの補題は整列可能定理選択公理と同値である。すなわち、ひとつを仮定すると残りを証明することができる。この補題は関数解析学においてはハーン・バナッハの定理を、線型代数においては基底の存在を、位相空間論においては「任意のコンパクト集合の直積はまたコンパクトである」というチコノフの定理を、そして代数学においては全てのゼロでない極大イデアルを持ち、任意のにおける代数的閉包の存在をそれぞれ証明する際に使われる。

ツォルンの補題を使って、単位元を持つ自明でない全ての環 R が極大イデアルを持つことを示すことができる。上記の用語でいうと、P は R の(両側)イデアルのうち R 自身以外からなる集合とする。これは自明なイデアル {0} を含むので空ではない。この集合は包含関係により半順序集合である。極大イデアルを見つけることは P の極大元を見つけることと同じである。ここで、R を取り除いたのは極大イデアルの定義には、R に等しくないことが入っているからである。

ツォルンの補題を適用するために、P の空でない全順序部分集合 T をとる。T に上界が存在することを示す必要がある、つまり、イデアル I ⊆ R が存在して、それは T のどの要素より以上であり、しかも R よりは厳密に小さい (そうでなければ、P の要素ではなくなる)ことを示す必要がある。I を T の全てのイデアルの和集合とする。T は少なくともひとつ元を持ち、それは 0 を含んでいるので、和集合 I も 0 を含み、よって空集合ではない。I がイデアルであることを示すため、a と b を I の元とすると、ふたつのイデアル J, K ∈ T が存在し、a は J の元であり、b は K の元である。T は全順序であったので、J ⊆ K または K ⊆ J である。前者の場合は、a も b もともに K の元であり、和 a + b も K の元である。よって、a + b は I の元である。後者の場合は、a も b もともに J の元であるから、同様に a + b は I の元である。さらに、任意の r ∈ R に対して、ar と ra は J の元であるから、I の元でもある。以上により、I は R のイデアルであることが分かった。

そして、イデアルが R と一致することは 1 を含むことと同値である(明らかに R に等しければ 1 を含むし、1を含んでいたとすると任意の R の元 r に対して、r1 = r もこのイデアルの元であり、R と等しいことが分かる)。そこで、I が R に等しいと仮定すると、それは 1 を含み、T のある要素が 1 を含むことになり、それは R と一致する。しかし、これは P から R を除いていたことに矛盾する。

ツォルンの補題の条件は確認できたので、P には極大元が存在する。言い換えると、R には極大イデアルが存在する。

この証明は環 R が乗法単位元 1 を持っていることに依存していることに注意しよう。これ無しではこの証明は無効であり、さらにこの言明は偽になりうる。例えば、Q に通常の加法と自明な乗法(つねに ab = 0)を入れた環は極大イデアルも 1 も持たない: この環のイデアルは加法による部分群そのものである。真部分群 A による商群 Q/A は可除群である。よって、有限生成にはならず、A を真に含む自明でない部分群が存在する。
証明の概略

選択公理を仮定したツォルンの補題の証明を概略する。補題が成り立たないと仮定する。このとき半順序集合 P を、全ての鎖が上界を持つにもかかわらず、どの元もそれより大きな元を持つように取れる。各鎖 T について、それより真に大きな元 b(T) が存在する。なぜなら、T は上界を持ち、さらにそれより大きな元が存在するからである。関数 b を実際に定義するには選択公理を使う必要がある。

この関数 b を使うことで、P の元の列 a0 < a1 < a2 < a3 < ... を定めることができる。この列は本当に長い、添え字の範囲は単なる自然数ではなく、全ての順序数を動く。実は P と比較しても長すぎる。順序数の全体は真クラスを成すほど大きすぎて、普通の集合より大きくなる。そして、この長さにより集合 P の元を使い尽くすことで矛盾を得る。

aiは次の超限帰納法で定義する。まず、a0 は P の元から勝手に選ぶ(これは P が空の鎖の上界を持ち、空でないことから可能である)。他の順序数 w については、aw = b({av: v < w}) で定める。{av: v < w} は全順序であるので、この定義は正しい超限帰納法である。

実際には、この証明はより強い形のツォルンの補題が正しいことを示している。
命題
Pを半順序集合で、その全ての整列部分集合が上界を持ち、xをPの元とする。このとき、Pの極大元で、x以上のものが存在する。


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