チリの政党チリ共産党
Partido Comunista de Chile(PCCh)
党旗
書記長ギリェルモ・テイリエール
チリ共産党(チリきょうさんとう 西: Partido Comunista de Chile, PCCh)は、チリ共和国の共産主義政党。 1912年にルイス・エミリオ・レカバーレン 1958年以降、1973年までは一貫してチリ社会党と共闘関係を結び、1958年・64年・70年と社会党のサルバドール・アジェンデを大統領候補に推した。 1970年には、従来の社会党との共闘に加えて急進党および左派諸政党を加えた政党連合「人民連合」を組織して、アジェンデを大統領に当選させた。アジェンデ政権成立当時は得票率約15%で、社会党・急進党にほぼ匹敵する党勢で、アジェンデ政権には3名の閣僚を送った。 チリ共産党は、武力闘争路線を否定し、議会主義を取ったため、アジェンデ政権下では武装路線を辞さない左翼革命運動 1989年の民政復帰時には再び武装闘争を放棄し、パトリシオ・エイルウィンを支持して当選に一役買ったが、議員選挙の議席はゼロとなった[2][3]。現在はウマニスタ党、左翼革命運動などとともにフント・ポデーモス・マス Juntos Podemos Masという連合を結成、7?8%余りの得票を得るも議席を獲れない状況が続いた。エイルウィン以降の大統領選では連合として独自候補を立てているが、決選投票となった場合はコンセルタシオン・デモクラシアの候補者を支持している。2005年の大統領選においても、第一回投票では共闘を組むウマニスタ党の党首を候補に立てたが、敗退後の決選投票(2006年1月)ではチリ社会党出身のミシェル・バチェレを支持し、バチェレ支持を拒否するウマニスタ党などと分裂する結果となった。 2009年12月の大統領選挙ではホルテ・アラヘ候補を統一候補として擁立し6%余を獲得した。過半数に達した候補がいなかったため翌年1月に行われる運びとなった決選投票ではコンセルタシオンのエドゥアルド・フレイ候補を支持することを明らかにした。同時に実施された国会議員選挙ではコンセルタシオンと選挙協力[4]したことで36年ぶりに下院で3議席を獲得した[5][6]。 2013年5月、共産党首のテエイリエルは11月に予定されている大統領選挙において中道左派連合の大統領候補に指名されたバチェレを第1回投票から支持することを表明。バチェレ候補もこの提案を受諾した[7]。2013年11月(第1回投票)と12月(決選投票)に行われたチリ大統領選挙では、野党による政党連合「新多数派」(Nueva Mayoria)に参加。大統領選第1回投票と同時に実施された上下両院選挙では、下院で6議席を獲得し、改選前の3議席から倍増させた[8]。
目次
1 歴史
1.1 結党
1.2 チリ社会党との連合
1.3 ピノチェト軍政時代
1.4 民政復帰後
2 所属した著名な人物
3 党指導者
4 関連項目
5 脚注
6 外部リンク
歴史
結党
チリ社会党との連合
ピノチェト軍政時代
民政復帰後
所属した著名な人物