チェスキー・クルムロフ城
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チェスキー・クルムロフ城

チェスキー・クルムロフ城(チェスキー・クルムロフじょう、Statni hrad a zamek ?esky Krumlov、クルムロフ城とも呼ばれる)は、チェコ共和国南ボヘミア州チェスキー・クルムロフにあるである。多数の歴史的な建築物を含む城であり、18世紀に作られたバロック劇場が保存されているほか、庭園には野外回転劇場もある。世界遺産に指定されているチェスキー・クルムロフの一部として多くの観光客を集めている。 この城はチェコプラハ城に次いで2番目に観光客が多い城である[1]
歴史プラーシュティ橋

ボヘミアの有力な一族であったヴィートコフ家により最初の城が建設されたのは1250年より前のことであると言われている[2][3]。その後、14世紀頃にヴィートコフ家と縁続きであるローゼンベルク家が一帯を支配するようになった[3][2]。城は16世紀にはルネサンス様式に改修された[4]。その後、ハプスブルク家及びエゲンベルク家の所有物となった[2]。18世紀にはシュヴァルツェンベルク侯家の所有となり、バロック様式の建築が付け加えられた[5]

18世紀の末から19世紀にはチェスキー・クルムロフの街が停滞し、やがてシュヴァルツェンベルク家の人々もこの城に住まなくなった[2]

1947年にチェスキー・クルムロフ城を含むシュヴァルツェンベルク侯家の財産はチェコスロバキアの地方自治体に移管され、1950年に国有財産となった[2]。1963年には街が保全指定を受け、1989年には地域が国の指定史跡となり、1992年にはUNESCOより世界遺産に指定された[6]
特徴城で飼われているクマ

中庭を5つ有し、それぞれの中庭を囲むように宮殿が建っている[4]ゴシック建築ルネサンス建築バロック建築など、さまざまな建築様式がいりまじっている[4]。40ほどの建物があり、中世の塔や博物館、大広間、ゴシック庭園などもある[7]。西側にはプラーシュティ橋がある[8]

城のお堀の部分では16世紀から街のマスコットとされているクマが飼育されている[9][10]

白い貴婦人が城に現れるという噂があり、城に肖像画がかかっているペルヒタ・フォン・ローゼンベルクの幽霊ではないかと言われている[11]
劇場

ローゼンベルク家の人々は15世紀から演劇に関心を有していた[12]。エゲンベルク家とその周辺の人々も舞台芸術に関心があり、チェスキー・クルムロフ城には1675年から芝居が上演できる設備があった[13]
バロック劇場バロック劇場のステージバロック劇場舞台下にある機構

1680年から1682年頃にかけて、オペラを愛好していたエゲンベルク家の当主ヤン・クリスティアーンが現在バロック劇場がある場所に劇場を作った[14][15]。1765年から1766年頃にかけてチェスキー・クルムロフ城の劇場は大幅に改装され、現在残っている形に近いバロック劇場が完成した[14]。ヨーロッパのバロック劇場は、場面転換が可能な精巧な背景や複雑な舞台機構が特徴である[16]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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