ダレン・ドールトン
Darren Daulton
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地カンザス州アーカンソーシティ
ダレン・ドールトン(Darren Arthur Daulton , 1962年1月3日 - 2017年8月6日[1])は、アメリカ合衆国カンザス州アーカンソーシティ出身のプロ野球選手(捕手・外野手・一塁手)。右投左打。 1980年のドラフト会議でフィラデルフィア・フィリーズから25巡目に指名され、入団。 1983年にメジャー昇格し、9月25日に初出場するが、この年は2試合の出場。 1984年は再びマイナーに戻る。 1985年に再度昇格する。
経歴
1991年5月7日には、結婚するチームメイトのジョン・クルックの「独身お別れパーティー」に出席し、飲酒したレニー・ダイクストラの運転する車に同乗して、車ごと木に激突。ドールトンは顔面、ダイクストラは肋骨と鎖骨を骨折し、いずれもしばらくチームを離れることとなった。
1992年は同年のオールスター初出場を果たし、最終的に145試合に出場して打率.270、本塁打27、そして109打点をあげて打点王を獲得。四球が88あったため、出塁率は.385であった。シルバースラッガー賞を受賞。オフの日米野球に、チームメイトのデーブ・ホリンズ三塁手と共に来日した。
1993年にも24本塁打、105打点の活躍。この年も打率は.257ながら、四球を117選び、出塁率は.392に及んだ。チームのワールドシリーズ進出(トロント・ブルージェイズに敗れた)に貢献した。
1994年以後は膝の故障に悩まされて出場機会も減り、1996年には外野手に転向したが、わずか5試合の出場にとどまった。
1997年に復調し、右翼手として出場を続けていたが、シーズン途中に、球団創設5年目にして初のプレーオフ進出を狙うフロリダ・マーリンズにトレードで移籍。マーリンズでは一塁手及び代打として起用され、シーズンを通じて136試合に出場し、打率.263、14本塁打、63打点、68得点を記録。マーリンズはワイルドカードでプレーオフに進出し、ワイルドカードチームとして初めてワールドシリーズに進出。シリーズでもクリーブランド・インディアンスを破り、ワールドチャンピオンに輝いた。この年、カムバック賞を受賞したが、ワールドチャンピオンを花道に現役を引退した。
2017年8月6日、フィリーズ球団公式サイトから脳腫瘍で亡くなったと発表された[2]。 プライベートでは、飲酒運転、及び酒気検査拒否による逮捕歴も数回ある。家庭内暴力でも逮捕されており、2004年には離婚調停に関連して法廷侮辱罪を問われ、2か月収監された。
人物
詳細情報
年度別打撃成績
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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