ダフ・マッケイガン
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ダフ・マッケイガン
Duff McKagan
ガンズ・アンド・ローゼズ - ロンドン公演 (2017年6月)
基本情報
出生名Michael Andrew McKagan
生誕 (1964-02-05) 1964年2月5日(60歳)
出身地 アメリカ合衆国
ワシントン州シアトル
ジャンルハードロック
パンク・ロック
職業ミュージシャンベーシストシンガーソングライター
担当楽器ベースギタードラム
活動期間1979年 - 現在
共同作業者ガンズ・アンド・ローゼズ
ニューロティック・アウトサイダーズ
ローデッド
ヴェルヴェット・リヴォルヴァー
ほか
公式サイトDuff McKagan (duffmckagan) - Facebook
パンク・ロック

ダフ・マッケイガン(Duff "Rose" McKagan 本名:Michael Andrew McKagan、1964年2月5日 - )は、アメリカ合衆国出身のロックミュージシャンマルチプレイヤー

世界的なロックバンドガンズ・アンド・ローゼズ」のベースを担当。主宰するバンド「Loaded」では、ボーカルギターも務める。また、数々のプロジェクトに参加した実績をもつ。
来歴USA.ウェスト・ハリウッドにて (2012年)

ワシントン州シアトルにて、良家の8人兄弟の末っ子として生まれる。ダフという名前は、子供の頃からのあだ名で、近所にも同じマイケルという名の男の子がいたため、区別するために母親がつけたもの。

15歳頃に「Vains」というグループでバンド活動を始める。その後「Fastbacks」「The Fartz」「10 Minute Warning」などのパンク系バンドを経て、1983年に10 Minute Warningの同僚グレッグ・ギルモアと共にプロのミュージシャンを目指し、ロサンゼルスを本拠を移す。

その後、新聞広告を通じスラッシュスティーヴン・アドラーと出会い、「ロード・クルー」というバンドを結成するも、専任ボーカルが見つからなかったため、すぐにバンドは停滞状態に。そこへハリウッド・ローズとL.A.ガンズが合併したバンド「ガンズ・アンド・ローゼズ」から声がかかり、加入することとなる。

1987年、ガンズ・アンド・ローゼズの一員として、アルバムアペタイト・フォー・ディストラクション』でデビュー。

1993年、ソロ・アルバム『ビリーヴ・イン・ミー』発表。USE YOUR ILLUSION ツアーの合間を縫って完成させた。全パートを自分でこなした曲もあれば、ジェフ・ベックレニー・クラヴィッツ、セバスチャンバックなども参加。

1994年に、アルコールの過剰摂取により急性膵炎を患い、膵臓が破裂。一時、死の淵を彷徨うも奇跡的に生還。これをきっかけにアルコール及びドラッグを断ち、クリーンになることを決意する。同時に、地元に自宅を構える。

1995年スティーヴ・ジョーンズ(元セックス・ピストルズ)、ジョン・テイラー(デュラン・デュラン)、マット・ソーラムと共に「ニューロティック・アウトサイダーズ」を結成、1996年にはアルバム『ニューロティック・アウトサイダーズ』を発表。

1997年、ガンズ・アンド・ローゼズを脱退。古巣のパンク・バンド「10 Minute Warning」を復活させ、13年ぶりに活動。

1999年、ソロ第2作『ビューティフル・ディジーズ』を完成させるも、レコード会社との契約上の理由から未発表のままお蔵入りとなる。その後ソロ活動を経て、自身のバンド「ローデッド(Loaded)」を結成し、アルバムを2作(内1枚はライブ会場とオフィシャル・サイトの通販のみで販売)とEP1枚を発表。ローデッドではボーカルとギターを担当。

2001年赤坂BLITZにて、かねてから親交のあった「LUNA SEA」のJ主催のイベント『FIRE WIRE』にサプライズ出演し、その後の追加公演にも、スティーヴ・ジョーンズやイアン・アストベリー(元THE CULT)などと共に、自身も「ローデッド」として参加した。翌2002年には、単独来日公演も行っている。

同じガンズを脱退したスラッシュとマット・ソーラム、元ストーン・テンプル・パイロッツのスコット・ウェイランド、ローデッドなどにも参加したことのあるデイヴ・クシュナーらと共に「ヴェルヴェット・リヴォルヴァー」を結成。

2008年10月19日さいたまスーパーアリーナで行われたロックフェス『LOUD PARK』に、「Duff McKagan's LOADED(ダフ・マッケイガンズ ローデッド)」の名義で出演した。

2010年10月14日、ロンドンO2アリーナで行われたガンズのコンサートに飛び入り参加し、アクセル・ローズと13年ぶりの共演を果たした[1][2]

2012年、ハードロック・バンド「Walking Papers」を結成。

2015年アリス・クーパージョニー・デップジョー・ペリーを中心に発足したスーパーグループ・プロジェクト「ハリウッド・ヴァンパイアーズ」に参加し、ライブツアーの一員としても名を連ねる[3]

2016年、スラッシュと共に古巣「ガンズ・アンド・ローゼズ」に、19年ぶりの正式復帰[4]
人物Walking Papers時代 (2014年)

190cmの長身と長いブロンドヘアー、ベースを低く構えて演奏する姿が特徴。最近は、ショートヘアーになっている。

気さくな人柄で知られる。ガンズの結成初期にはやる気のないメンバーの尻を叩き、ツアーのブッキングを積極的に行うなどし、バンドの安定化に貢献した。

10代の頃はパンクを志向していた。特に、シド・ヴィシャスからの強い影響で、南京錠付きのチェーンネックレスを首から下げていた。

以前は、ベースだけでなくギタードラムもプレイしていた。ロサンゼルスに移住した頃から、プロのベーシストを志した。

同じシアトル出身のカート・コバーンとは不仲だったが、その後は和解。カートが自殺する数日前に同じ飛行機に乗り合わせ、深く話し込んでいる。

2005年2月9日Zepp Tokyoで行われた、ヴェルヴェット・リヴォルヴァー -Japan Tour 2005-の最終公演で、「セット・ミー・フリー」の演奏後ピックを投げた際、大事な指輪も一緒に飛ばしてしまい、観客に探してもらうというハプニングがあった。

2008年、フェンダーUSAから長年彼が愛用していたベースを完全に再現した「ダフ・マッケイガン・ベース」が発売された。

シアトル・マリナーズのファン。

2008年に発表の元ガンズのイジー・ストラドリンのソロ・アルバム「Concrete」にゲストとして参加している。


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