ダニー・ガルシア基本情報
本名ダニー・オスカー・ガルシア
通称Swift
階級ウェルター級
身長173cm
リーチ174cm
国籍 アメリカ合衆国
誕生日 (1988-03-20) 1988年3月20日(36歳)
出身地ペンシルベニア州フィラデルフィア
スタイルオーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数40
勝ち37
KO勝ち21
敗け3
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ダニー・ガルシア(Danny Garcia、1988年3月20日 - )は、アメリカ合衆国のプロボクサー。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。元WBAスーパー・WBC世界スーパーライト級王者。元WBC世界ウェルター級王者。世界2階級制覇王者。父親でトレーナーのアンヘル・ガルシアと母親はプエルトリコ生まれのプエルトリコ人。 「Swift(スウィフト、素早いヤツ)」という異名を持つが、どちらかと言うと、スピードよりパワーで勝負するタイプ。最大の武器は、迷いなく体重を乗せて打ち込む強烈な左右のフックで、捨てパンチがなく、一発一発のパンチがとても重く強烈な連打を上下に打ち分けることができる。また、フィジカルもメンタルもタフで、接戦や苦戦に慣れているところも大きな強みで、相手が優勢に思える展開でも、必ずパンチを打ち返して応戦し、粘りに粘って主導権を引き寄せる強さがある。 10歳から父で元プロボクサーのアンヘル・ガルシアの指導を受け始め、現在もトレーナーとしてセコンドについている。 2005年、U-19王者になる。 2006年、全米選手権に出場、準決勝でテレンス・クロフォードを破り優勝する[1]。 2007年、全米選手権に出場するも準決勝でブラッド・ソロモンに敗退[2]、北京オリンピック国内予選選考会でも2度負けて出場権獲得に失敗した[3]。 2007年11月17日、デビュー戦を行い、初回KO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った。 2009年12月2日、エンリケ・コリン(メキシコ)とWBCインターコンチネンタルスーパーライト級ユース王座決定戦を行い、2回KO勝ちで王座を獲得した。 2010年7月30日、ホルヘ・ロメロ(メキシコ)とWBCユース・世界スーパーライト級暫定王座決定戦を行い、9回TKO勝ちを収め王座を獲得した。 2011年4月9日、MGMグランド・ガーデン・アリーナにてマルコス・マイダナVSエリック・モラレスの前座でネート・キャンベル(アメリカ合衆国)と対戦し、10回3-0(99-91、98-92、100-90)の判定勝ちを収めた。 2011年10月15日、カリフォルニア州にてバーナード・ホプキンスVSチャド・ドーソンの前座でケンドール・ホルト(アメリカ合衆国)と対戦。WBOインターコンチネンタルスーパーライト級王座決定戦とIBF並びにWBC世界スーパーライト級挑戦者決定戦を行い、12回2-1(113-115、2者が117-111)の判定勝ちを収めWBOインターコンチネンタル王座の獲得に成功、アミール・カーンへの挑戦権並びにエリック・モラレスへの挑戦権獲得に成功した。 2012年3月24日、テキサス州ヒューストンのレリアント・アリーナでWBC世界スーパーライト級王者エリック・モラレス(メキシコ)と対戦。前日軽量でモラレスに体重超過があった為王座を剥奪されたが、ガルシアが勝ったのみ王座獲得となる条件で試合が行われた。試合は終始ガルシアペースで進み、11回にはモラレスからダウンを奪い12回3-0(117-110、116-112、118-109)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した[4]。 2012年7月14日、マンダレイベイ・イベントセンターでWBA世界スーパーライト級スーパー王者のアミール・カーン(イギリス)と対戦し、3回に1度、4回に2度ダウンを奪い4回2分28秒TKO勝ちでWBC王座は初防衛、WBA世界スーパー王座獲得に成功、さらにリングマガジン同級世界王者に認定された[5]。 2012年10月20日、ニューヨークブルックリン区のバークレイズ・センターでエリック・モラレスと再戦し、4回1分23秒KO勝ちでWBA王座は初防衛、WBC王座の2度目の防衛に成功した[6]。 2013年4月27日、バークレイズ・センターで元WBAスーパー・WBC・IBF世界ウェルター級王者でWBA世界スーパーライト6位のザブ・ジュダー(アメリカ合衆国)と対戦し、12回3-0(114-112、115-112、116-111)の判定勝ちを収めWBA王座は2度目、WBC王座の3度目の防衛に成功した[7]。 2013年9月14日、MGMグランド・ガーデン・アリーナでフロイド・メイウェザー・ジュニア対サウル・アルバレスの前座で登場。WBC世界スーパーライト級暫定王者ルーカス・マティセー(アルゼンチン)と対戦し、12回3-0(115-111、2者が114-112)の判定勝ちを収めWBA王座は3度目、WBC王座は王座統一による4度目の防衛に成功した[8]。 2014年8月9日、バークレイズ・センターでFECARBOXライト級暫定王者のロッド・サルカ(アメリカ合衆国)と対戦。サルカが世界ランキングに入っていないためWBA・WBC両団体は世界タイトルマッチとして認可せずノンタイトル戦となり、142ポンドのキャッチウェイトで行われた[11]。試合は左フックでダウンを奪い2度目のダウンは右フックでダウンを奪い、最後は左フックでサルカを失神させたのと同時にタオルが投入し試合終了。2回2分31秒KO勝ちを収めた[12]。 2014年8月19日、WBCがWBC世界スーパーライト級1位のビクトル・ポストルと指名試合を行うよう指令を出した。同年9月12日までに交渉が纏まらなければ入札になることになった[13]。
概要
来歴
アマチュア時代
プロ時代
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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