タン_(フランス)
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Thann



行政
フランス
地域圏 (Region)グラン・テスト地域圏
(departement)オー=ラン県
(arrondissement)タン郡
小郡 (canton)小郡庁所在地
INSEEコード68334
郵便番号68800
市長任期)ジャン=ピエール・バウムレール
2008年 - 2014年
自治体間連合 (fr)fr:Communaute de communes du Pays de Thann
人口動態
人口9,139人
2010年
人口密度651人/km2
地理
座標.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯47度48分26秒 東経7度06分19秒 / 北緯47.8072222222度 東経7.10527777778度 / 47.8072222222; 7.10527777778座標: 北緯47度48分26秒 東経7度06分19秒 / 北緯47.8072222222度 東経7.10527777778度 / 47.8072222222; 7.10527777778
標高平均:m
最低:328 m
最高:922 m
面積12.51km2 (1 251ha)
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公式サイト ⇒ville-thann.fr
テンプレートを表示

タン (フランス語:Thann、アルザス語:Tann)は、フランスグラン・テスト地域圏オー=ラン県コミューン
由来

ドイツ語モミを意味するタンネ(Tanne)に由来する。タンの紋章にもモミの意匠が使われている。
地理

オー=ラン県南部、ヴォージュ山脈の麓にある。テュール川がコミューン内を流れている。

小郡庁所在地で、周辺のコミューンを合わせて約3万人の都市圏を形成している。
交通

道路 - A35、A36

鉄道 -
TERアルザス、ミュルーズ=セルネ=タン=クリュト区間、タン駅

2010年12月より、ミュルーズ・トラムとつながるトラム・ミュルーズ=ヴァレ・ド・ラ・テュールが開業する(fr)。
歴史1600年代のタン

タンの名が初めて現れるのは1290年である。1360年代にハプスブルク家領のフォルダーエスターライヒ(de、スイスアルザステリトワール・ド・ベルフォールバーデン=ヴュルテンベルク南部、シュヴァーベンを含んだ)の一部として、都市特権を授かった。三十年戦争が始まると、フランスに支持されてスウェーデン軍が侵攻した。スウェーデン軍は征服した土地をフランス王へ献上した。ヴェストファーレン条約によって、タンを含むスンドゴー地方(fr)は正式にフランス領となった。1659年、ルイ14世はタンを宰相ジュール・マザランへ授けた。称号であるタン・エ・ローズモン伯爵位(Comte de Thann et de Rosemont)は、現在モナコ大公が所持している。

19世紀から1960年代まで、タンではテキスタイル産業が盛んであった。その後染色作業に不可欠な化学工業が加わった。産業が盛んであったために国内でも早く、1839年にミュルーズとの間に鉄道が敷かれた。

1870年の普仏戦争でフランスが敗退し、タンを含むアルザスはドイツ帝国領となった。フランス国籍を望んだ一部の住民はタンを後にした。第一次世界大戦中の1914年にフランスに再度占領されたタンは、深刻な被害を受けずに、4年の間『自由アルザス』の首都となった。

現在のタンではサービス業と観光業が主であるが、ワイン作りも行われている。タン及びヴュー=タンで作られるワインは、アルザス・グラン・クリュ・ランゲン(fr)としてAOCに指定されている。
史跡

サン・ティエボー・ド・タン参事会教会 - アルザスを代表するゴシック建築。


サン・ティエボー参事会教会

エンジュルブール城跡

現在は観光事務所がある、ハーフティンバー様式の建物

姉妹都市

グッビオイタリア

トナン (ロット=エ=ガロンヌ県)、フランス

バフィア、カメルーン

典拠管理データベース
全般

VIAF

国立図書館

フランス

BnF data

ドイツ

チェコ

地理

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