タイル(英: tile)は、一般には石や粘土からなる生地を高温で焼成し、釉薬によってデザイン性や機能性を付加した外装材、舗装材、化粧材[1]。英語のtileには、瓦や牌の意味もある。また、比喩的に、規則的に分けられた平面状の区画や、繰り返しによって構成される図画の各要素のことなどのこともタイルと呼ぶ。 タイルの語源はラテン語で陶製の屋根板を指すテグラ(tegula)に由来すると言われる。テグラは広義には「ものを覆う」という意味があり、近世以降、屋根瓦と建築物の表面を覆う陶製の薄板の双方をテグラと呼ぶようになっている。 現存する世界最古のタイルはエジプト第3王朝、ジェゼル王が紀元前2700年に建てたサッカラの階段ピラミッドの通路に貼られた青釉のタイルと推測されている[2]。 日本には6世紀に百済から伝来し、瓦の技術を応用して、仏教寺院の敷瓦や腰瓦に用いられた[1]。鎌倉時代から桃山時代にかけて釉薬で彩色を施した陶板が出現したが、建築材料としてではなく茶道具の一部など観賞用として用いられた[1]。名称については化粧煉瓦[3]、敷瓦、陶板、貼付け化粧瓦など様々な呼称があったが、1922年(大正11年)4月12日に全国タイル業者大会が東京で開催され、「タイル」へ名称統一が可決された[4]。これにより、日本建築学会は、名称統一の翌年1923(大正12)年に標準工事仕様書を制定し、その中の煉瓦工事の項でタイルおよびタイル工事について標準仕様を規定した[5]。日本政府は、1921(大正 10) 年に国家規格「日本標準規格(JES)」が制定し工業製品全体の標準化が進め、タイルは1929(昭和 4)年に初めて形状寸法について公的な規格をもつことになった[5]。日本におけるタイルの普及は1918年(大正7年)より、スペイン風邪の世界的流行に対して衛生対策が強化され、公衆便所や銭湯へのタイル使用が奨励された[3]。その後、1923年(大正12年)に起こった関東大震災により既存の建築が多く失われたことも合わさり、コンクリート造りでタイル仕上の銭湯が主流となっていった[6]。 形状は、隙間無く敷き詰めるため正方形や長方形など四角形が多いが[要出典]、小石の形など不規則な形状のものもある。色彩も様々であり、一枚一枚に模様があるものや、色の違うものを多数並べることで大きな絵とする場合もある。 材質は、陶磁器、コンクリート、プラスチック、大理石など各種ある。陶磁器製は建物の外装や、浴室、洗面所などの内装に、コンクリート製は歩道の舗装用などに、プラスチック製は「Pタイル」と呼ばれ、オフィスなどの床にそれぞれ用いられる。また、漆喰の特性を生かしたタイルも開発されている。 大きさも1cm角のモザイクタイルから畳ほどの大きさのタイルまで存在する[1]。 陶製のタイルは長さ100mほどのトンネル状の窯で2日以上かけて焼成されていたが、窯はコンパクトになり時間も数時間で焼成できるようになった[1]。温度管理などの技術進歩とともに仕上がりは均一化されたが、古い建物などに残る昔のタイルのような1枚ごとの微妙な色の違いなどは出にくくなった面もある[3]。 通常、タイルは一枚ずつ接着剤やモルタル、金物によって躯体に固定されるが、非常に手間がかかり、施工技術も要求される。そのため、細かいタイルがあらかじめシート状に敷き詰められたものが製造されている。
概要
アンティークタイルスイスのストーブ・タイル(16世紀)(Museum of Anthropology at UBC所蔵)
中世以降のヨーロッパ、イスラム世界のタイルは骨董品としてコレクションの対象となっている。アンティークタイルは私人の趣味に留まらず、美術館や博物館の蒐集対象となっておりオークションにもしばしば出品される。 中世イスラム世界のタイルの特徴は六角形や八角形など正方形以外の様々な形がある事と、ラスター彩と呼ばれる金属的な輝きを持つ絵付けである。アラベスクや幾何学紋様、コーランの字句などが主なモチーフとされている。14世紀以降にはクエルダ・セカ様式、クエンカ様式と呼ばれる新しい技法を使ったタイルが急速に広まり、その影響はイベリア半島まで及んでいる。 15-16世紀には「イズニクウェア」と呼ばれる伝統的なのアラベスク模様より写実的な図柄の彩色陶器が流行した。17世紀には需要の低下とともにイズニクウェアが没落し、キュタヒヤがタイル産地として取って替わったが、盛期のイズニクウェアの美術水準に及ぶことはなかった[7]。 15-16世紀には、イスラムのクエルダ・セカ様式、クエンカ様式の技術をもつトレド、セビーリャがタイル産地の中心となっていた。しかし、イスラム勢力がイベリア半島から駆逐されるとともにその地位は失われた。また、15世紀にはストーブを装飾するための型押しで作られるレリーフタイルが産業として確立した。このストーブ・タイルと呼ばれる特殊なタイルは他の技法の影響を受けながら今日まで作られ続けている[8]。 ルネサンス期にはファエンツァでマヨリカ焼きから発展したファイアンス焼き(マヨルカウェア)が「ゴシック・フロラル」と呼ばれる様式を確立し、16世紀にはイタリアの諸都市でマヨルカウェアを模したスズ釉のタイルが作られた。ファイアンス焼きは北部・中央ヨーロッパにも波及し、17世紀にオランダで白地に青の釉薬で描かれる中国風のモチーフを取り入れたデルフトウェアへと変化した。17世紀のデルフトウェアのタイルは、メダイヨンと呼ばれる縁飾りで中央のモチーフを囲むデザインや、正方形に4枚組むことで成立するコーナー・モチーフが特徴である。18世紀前半には壁画とも言える特注品の大作が幾つも作られている。 デルフト様式はイギリスやフランスにもコピーされ、18世紀前半には技術的にオランダに追いついた。イギリスではブリストルやリヴァプール、ロンドンで盛んに生産された。18世紀後半になるとウェッジウッドなどが開発した新しい粘土素地を使ったクリームウェア
イスラム世界のタイル
ヨーロッパのタイル
建築とタイル釉薬を塗った釉薬瓦(スイス、ヌーシャテルの協同教会
住まいに用いられるタイルには建築用の外装タイルと内装用のデザインタイルがある[1]。 建築では一般にタイルといえば、陶磁器製を指すことが多い。材質は吸水率の違いにより、陶器質、b器(せっき)質、磁器質タイルに分けられる。
建築用陶磁器タイル