ソルフィン・カルルセヴニ・ソルザルソン(またはソルフィンヌル・カルルスエヴニ・ソルザルソン[1][注 1]; 古ノルド語:Torfinnr Karlsefni Tordarson, アイスランド語:Torfinnur Karlsefni Tordarson, 英:Thorfinn Karlsefni Thordarson, 970年 - ?)は、アイスランドの商人あるいは探検者。
1010年頃、約60人または160人の移民を率いて、レイフ・エリクソンが発見した新大陸ヴィンランドへの航路をたどり定住計画を企てた。この試みは数年のみで長続きはしなかった。
ソルフィンの遠征の前に、ヴィンランド遠征は5回試みられた。1回目の試みは赤毛のエイリークの子であるレイフが行い、2回目の試みはソルヴァルド(英語版)が行った。それに次ぐ3回目の試みはソルステイン(英語版)が行ったが到達できず、その冬にグリーンランドにて病に倒れ死亡し、失敗となった。
このソルステインの未亡人であるグズリーズと結婚したソルフィンは、4回目の試みを行い、レイフとソルヴァルドに次ぐ3回目の成功を果たすことになる。その後も遠征は続けられ、レイフの異母姉妹フレイディースが遠征したとされている。
ソルフィンとグズリーズの夫妻がヴィンランドに逗留中、子であるスノッリ(英語版)が生まれた。 ソルフィンの生涯、その出自や家系、遠征や後日談などについては、『グリーンランド人のサガ』と『赤毛のエイリークのサガ』に記される(2編を総じて英語圏では「ヴィンランド・サガ」と称す)[2]。 アイスランドの商人ソルフィンは、交易の荷を積んだ船でグリーンランドに到来し、そこでソルビョルンの娘グズリーズと出会う。グズリーズは、赤毛のエイリークの息子のひとりソルステイン・エイリークソン
経歴
グリーンランド
グズリーズは、義兄のレイフのもと、ブラッターフリーズ(英語版)の地所に身を寄せていた。この地所はエイリークが1003年頃に疫病で没した後、レイフに相続されていたが、『赤毛のエイリークのサガ』では、まだこのとき存命のままグズリーズを自分の敷地に迎え入れたことになっている[4]。 ソルフィンは、葡萄(「ヴィーン」)が豊富ゆえに名づけられたという新天地ヴィンランド(ニューファンドランド島ないし北アメリカ大陸東部)への移民を目指すという重大な決断をくだすわけだが、『グリーンランド人のサガ』では、これは妻のグズリーズが強い主張したことによるとされる。レイフはヴィンランドへの1回目の遠征のときに建てた家屋をソルフィンたちに借用するのは許可したが、それをまるまる譲り渡すことは渋っていた[3]。ソルフィンたちの移民団は、『グリーンランド人のサガ』によれば、男60人と女5人を率いた構成であるが[3]、『赤毛のエイリークのサガ』では、ソルフィンの船、スノッリ
ヴィンランド