この項目では、ダンス・パフォーマンスについて説明しています。映画については「ゼロ・グラビティ (映画)」を、英語の意味については「無重力」をご覧ください。
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ゼロ・グラヴィティ(アンチグラビティ[1][2]、英: Anti-gravity lean)はマイケル・ジャクソンのダンスパフォーマンスである[3]。両手両足を揃えて起立した状態から、踵を支点にして身体を前方へゆっくり傾けていき、斜め45度の角度で静止した後、また元の体勢へ戻るという一連の動きである[4]。
本パフォーマンス実現のためジャクソンはマイケル・ブッシュ、ダニエル・トンプキンスと連名で、.mw-parser-output .citation{word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}US 5255452
Method and means for creating anti-gravity illusionとして特許を取得している[5]。この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)
出典検索?: "ゼロ・グラヴィティ"
このダンスパフォーマンスが最初に行われたのは1988年の長編作品『ムーンウォーカー』内における、楽曲Smooth Criminalのパフォーマンスにおいてである。
ただし、この時はワイヤーを使って吊り上げる形でおこなわれている。これがもともとのダンスパフォーマンスとしてのゼロ・グラヴィティである。
しかし、この仕掛けは即時の脱着が困難であるようで、映像の中でもダンスパフォーマンスの終了後即座にカットが切り替わり、また、この仕掛けをそのまま用いてライブ上でこのダンスパフォーマンスを再現することはできず、同年のバッド・ツアーでSmooth Criminalを披露する際にも、そのパートは省かれている[注 1]。
後年(1992年)になって、このパフォーマンスをライブで再現するために考え出された技術が、Method and means for creating anti-gravity illusionである。この技術を使うことで、Dangerous World Tour, HIStory World Tourではダンスパフォーマンスとしてゼロ・グラヴィティをライブのステージ上でも再現できるようになった。
このように映像作品におけるそれと、ライブのステージ上におけるそれは、厳密にはその仕組み・仕掛けが異なっている。また時系列的には、映像におけるダンスパフォーマンスをライブのステージ上で再現するために考え出されたのが、技術としてのゼロ・グラヴィティである。
ただし、自力で直立の姿勢に戻すには脊椎と筋肉をはじめとした体幹が強力である必要があるとされている[6]。 主に出願された特許に基づくアンチ・グラヴィティ・リーンの仕組みは
仕組み
まず、靴は足首までを覆う形で、なおかつ、かかと部分にフックをひっかけるためのV字の金属のパーツのついた特殊なものをつかう。
床から出たT字型のフックに、靴のかかとを引っかける。
そのまま、足を軸にして上半身を倒し、斜めに傾く姿勢を作る。
その後、自力で(腹筋、背筋、腓腹筋などを使って)もとの直立の姿勢まで引き上げる。
フックから靴をはずす。(実際のステージ上では引っかけるためのフックは即座にステージ上から引っ込む)[5]
その他
@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}1939年版のオズの魔法使におけるブリキ男が登場するシーンのダンスにも、両足をそろえたまま斜めに倒れる動きが出てくる[要出典]またマイケルは複数回にわたり同作品を鑑賞している[7]。
脚注
注釈^ 公式に映像ソフト化されている1988年の公演の様子で確認できる
出典^ 中島耕太郎 (2012年10月30日). “マイケル・ジャクソンの衣装デザイナーが来日 思い出語る”