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やノートページでの議論にご協力ください。セーレン・オービュ・キェルケゴール
Soren Aabye Kierkegaard1840年のスケッチ
生誕 (1813-05-05) 1813年5月5日
デンマーク=ノルウェー・コペンハーゲン
死没 (1855-11-11) 1855年11月11日(42歳没)
デンマーク・コペンハーゲン
時代19世紀の哲学
地域西洋哲学
出身校コペンハーゲン大学
学派デンマーク黄金時代、大陸哲学、実存主義、実存療法
研究分野美学、キリスト教、キリスト教神学、認識論、倫理学、形而上学、宗教哲学、詩、心理学
主な概念不条理、不安、絶望、本来性、実存的危機、実存主義、単独者、例外者、存在、信仰の騎士、信仰の跳躍、現代
影響を受けた人物
アリストテレス、アウグスティヌス、エドマンド・バーク、ルネ・デカルト、ヨハン・ゲオルク・ハーマン、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル、イマヌエル・カント、ゴットホルト・エフライム・レッシング、マルティン・ルター、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、レギーネ・オルセン、フリードリヒ・シェリング、ウィリアム・シェイクスピア、ソクラテスなど
影響を与えた人物
フランツ・カフカ、 テオドール・アドルノ、カール・バルト、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、イングマール・ベルイマン、マルティン・ブーバー、アルベール・カミュ、ジャック・デリダ、マルティン・ハイデッガー、ヘンリック・イプセン、カール・ヤスパース、エマニュエル・レヴィナス、ガブリエル・マルセル、ジャン=ポール・サルトル、カール・シュミット、レフ・シェストフ、パウル・ティリッヒ、ミゲル・デ・ウナムーノ、ジャン・ヴァール、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインなど
署名
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セーレン・オービュ・キェルケゴール(デンマーク語: Soren Aabye Kierkegaard デンマーク語発音: [?s???n o:'by ?ki????????] ( 音声ファイル)、1813年5月5日 - 1855年11月11日)は、デンマークの哲学者、思想家[1]。今日では一般に実存主義の創始者、ないしはその先駆けと評価されている。
キェルケゴールは当時とても影響力が強かったゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル及びヘーゲル学派の哲学あるいは青年ヘーゲル派、また(彼から見て)内容を伴わず形式ばかりにこだわる当時のデンマーク教会に対する痛烈な批判者であった。 日本語では、「セーレン・オービエ・キェルケゴール(キルケゴール)」との表記が通用しているが、デンマーク語の原音に近いカタカナ表記は「セーアン・オービュ・キアゲゴー」である[2][3]。セーレンという表記もキェルケゴール(キルケゴール)という表記も、日本のキルケゴール受容が、主にドイツ語文献を経由してすすんだことによるところが大きいと考えられる。[Kierke-の綴り字について、下記のような名字の意味を嫌って、eもしくはiを挿入したとの記述があるが、おそらくその地方での発音通りに、綴ったものと考えられる。つまりieで一音をあらわす。『デンマーク語大辞典』にも「現在は希だが(発音にしたがって)Kar-と綴る」とあり、いくつかの綴り方の可能性があったことを示す。現代の karlighedがキルケゴールの本文でKjerlighedと綴られることを考えると、kar-がkier-[kjerに同じ](GientagelseとGjentagelseの表記があるのと同じ)と置き換わることは容易に理解できる。またAabyeの綴字において、-byが-byeと当時表記されたように、無音のeと考えるべきである][4] キェルケゴールの初期の著作の多くはさまざまな仮名を使って書かれている。また、ある仮名の著者が、それ以前に書かれた作品の(これまた)仮名の著者に対してコメントすることもしばしばあった(最も顕著なのは『哲学的断片への結びとしての後書き』だろう)。もちろんすべての著作はキェルケゴールによって書かれたわけだが、そのさまざまな仮名使用のために彼の著作は一貫した解釈が難しいことがある。キェルケゴールはそのかたわらで本名での著作も発表しており、彼自身は再三、偽名の著者たちと自分を取り違えないでほしい、と主張していた。こちらは現在まであまり読まれていない。 また、彼の名字である「キェルケゴール/キルケゴール」(Kierkegaard)は、現代デンマーク語では kirkegard とつづられ、「墓地(英語: churchyard,cemetery)」を意味する。しかしながら、この言葉は、教会に所属する農地を意味し、そこから取られた名字である[5]。
表記と仮名