セーラー服と機関銃_(映画)
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この項目では、1981年の映画化作品について説明しています。2016年の映画化作品については「セーラー服と機関銃#2016年版」をご覧ください。

『セーラー服と機関銃』(セーラーふくときかんじゅう)は、赤川次郎同名小説の映画化作品。1981年12月19日、全国東映系で公開された。角川映画の代表作の1つで、主演の薬師丸ひろ子の人気を決定づけた[1]。製作費1億5000万円[2]。『燃える勇者』との併映で、23億円の配給収入は1982年の邦画で1位となった[3][注 1]。興行収入は47億円[5][6]。主題歌も大ヒットした興行的成功作である一方、アートフィルムとも言える異色の映画でもある[5]

セーラー服と機関銃
監督相米慎二
脚本田中陽造
原作赤川次郎
セーラー服と機関銃
製作角川春樹
多賀英典
伊地智啓
(プロデューサー)
山本勉 
(製作補)
出演者薬師丸ひろ子
渡瀬恒彦
音楽星勝
主題歌薬師丸ひろ子
セーラー服と機関銃
撮影仙元誠三
編集鈴木晄
製作会社角川春樹事務所
キティ・フィルム
配給東映
公開 1981年12月19日
1982年7月10日(完璧版)
上映時間112分
131分(完璧版)
製作国 日本
言語日本語
製作費1億5000万円
興行収入47億円
配給収入23億円
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プロジェクト 映画

あらすじ

嵐の夜、目高組組長の臨終に4人の子分が集まる。だが子分は医者と間違えて獣医を連れてくる始末。組長は自分の跡目に甥を指名する。

明るく気丈な女子高生・星 泉は、突然亡くなった父親をひとりで荼毘に付す。泉が遺骨を持って自宅マンションに戻ると、マユミという女が待っていた。マユミは万が一何かあった時は泉と暮らすようにと書いた泉の父親の手紙を持っていた。

泉の高校の校門前に黒服の男たちが集まり、学校は騒然。泉は車に乗せられ、目高組の事務所に連れていかれる。目高組は先代の遺言により、泉の父親が指名されたが、交通事故で亡くなっていたため、娘の泉が4代目になるという。子分は佐久間真・政・ヒコ・メイの4人だけで学校に来た男たちは頭数を揃えるため雇ったものだった。泉は拒否するが、子分たちは組を解散して敵対する組に殴り込みをかけて死ぬという。泉は殴り込みを止めるため、組長になると宣言する。

泉は子分の佐久間と一緒に、松の木組組長・関根と上の組織である浜口物産社長・浜口に挨拶に行く。だが目高組事務所に突然機関銃が撃ち込まれる。事件をきっかけに組長になったことが学校に露見し、泉は強制退学になる。泉に刑事の黒木が接触し、マユミに窃盗・売春の前科があることを泉に告げて去る。

泉のマンションが何者かに荒らされる。黒木は麻薬を探したのではないかという。泉は憂さ晴らしにバイクに乗りたいとヒコに命じる。ヒコは暴走族のバイクを奪い、泉を乗せて夜の街を走る。翌朝、事務所入り口にヒコの死体が置かれる。佐久間は、麻薬取引に関わる「太っちょ」こと三大寺一が、泉の父親の麻薬を狙ってマンションを荒らし、ヒコを拷問にかけたのではないかという。その夜、泉は姿を消したマユミからバーに呼び出される。マユミは10代のころから薬物に溺れ、大学の薬学部時代にヘロインを盗んで落ちぶれた身の上話を語る。

マユミは太っちょの一人娘だった。メイは泉を訪ねてきた黒木ともみ合いになり、怪我をして泉に手当してもらう。メイは「お袋の匂いがする」と泉に抱き着く。そこへやってきた荻原はメイを拳銃で殺し、泉を太っちょの元に連れていく。佐久間はマユミに太っちょの元に案内してくれと懇願。太っちょは泉を地雷の上に立たせて脅しつける。そこへマユミが駆け付け、泉を救助する。

泉はドレス姿でマユミ、太っちょとテーブルを囲む。マユミはヘロインを水に溶かしローションの瓶に詰めてマンションに隠したと明かす。太っちょと手を組んでいた黒木が真相を明かす。空港でヘロインを受け取った黒木は捜査官に疑われ泉の父親の鞄にヘロインを入れたが、父親は不審な包みをマユミに渡し、車にはねられたのだった。マンション荒らしもヒコ殺しもヘロインを探す黒木の犯行だった。佐久間が泉を取り返しにくる。二人は太っちょに追い詰められるが、マユミが太っちょを射殺し、三大寺組解散を宣言する。

黒木は泉のマンションで松の木組にヘロインを奪われ殺される。立腹した泉は佐久間と政を連れて、浜口物産に殴り込みをかける。浜口は泉を丸め込もうとするが、泉はヘロインを要求。機関銃で机の上のヘロインの瓶を吹き飛ばし、思わず「カイカン」とつぶやく。銃撃戦で政は撃たれて死ぬ。佐久間は目高組を解散し、堅気になると約束して泉と別れる。

数か月後、復学した泉は警察に駆けつけ佐久間の遺体と対面する。佐久間は北海道の建設会社に転職していたが、東京出張中にやくざの喧嘩の仲裁に入ってドスで刺殺されたという。泉は佐久間にキスしたあと、橋の上から佐久間の名刺を破り捨てる。

泉はセーラー服に真っ赤なハイヒールで雑踏を歩く。出会った子供たちと銃を撃つ真似をして、地下の風にスカートをふくらませる。「生まれて初めてのくちづけを中年のオジンにあげてしまいました。わたくし、愚かな女になりそうです」
企画・製作準備
角川映画との提携

『セーラー服と機関銃』の映画化は『翔んだカップル』をやる前に相米慎二監督自らが出した企画[7][8]キティ・フィルム伊地智啓プロデューサーに女優が見つかれば実現可能だと言ってきた[8]。キティ・フィルムの多賀英典社長は「伊地智啓さんが薬師丸さんの『翔んだカップル』の次回作にと『セーラー服と機関銃』を僕のところへ持ってきた。原作は主婦と生活社から出ていて、他社の作品を映画化するのに薬師丸さんを出すのを渋っていた角川さんを、原作者の赤川次郎さんは絶対に当たる作家になるからと、文庫版を角川から出すということで説得しました。全部の経緯を作ったのは伊地智さんです。間違いなく伊地智さんなくしては『セーラー服と機関銃』という映画は存在しなかったでしょう」と証言している[9]。 

『翔んだカップル』が出来上がったころ、伊地智は自分の娘から当時まだ無名だった赤川次郎の小説『セーラー服と機関銃』が面白いと教えられ、その本に書いてあった赤川の住所が同じ団地だったこともあり、そのまま赤川宅に映画化の相談に訪れ、すぐに脚本作成に入った[10]

ところが、相米監督は自らが出した企画にもかかわらず、リアリティが無く映画化しづらい話だとも話している[11]

主役の星泉役に薬師丸ひろ子を使うため、薬師丸の所属する角川春樹事務所に出演交渉を行うが、事務所は薬師丸の他社映画への出演を拒絶した[12][13]。そこで、伊地智は相米監督を使って、事務所を経由せずに直接薬師丸に脚本を渡し読ませた[13]。脚本を非常に気に入った薬師丸が角川春樹を説得、予想外に早くOKの返事が来て、キティ・フィルムと角川春樹事務所が提携して映画を製作することになった[13][12]

問題は提携の具体的中身だったが、本音では角川とは組みたくなく、特に製作だけは絶対に譲りたくなかった伊地智の思惑通り、製作は完全にキティ、宣伝は角川が担当するという分担になった[14][注 2]。角川側は金を半分出しているだけで、映画の製作過程や出来上がった作品について文句をつけることはなかった[14]
タイトル・版権

伊地智が映画化交渉のために赤川宅を初訪問した際、カタカナを含む映画タイトルを配給会社が嫌うため、タイトルを『セーラー服と機関銃』から変更するかもしれないと赤川に断りを入れている[13]

原作の『セーラー服と機関銃』の版権主婦と生活社が持っていたため、角川書店の薬師丸を他社原作の映画に出演させるのかという問題があったが、主婦と生活社には、発行部数の定価の3%を3年間支払う契約を交わし、原作者の赤川次郎には、初版を100万部刷ることと、光文社の『三毛猫ホームズ』シリーズも全巻角川文庫で出すことを提示して了承を得られたので[15]、1981年10月に角川文庫化することで解決した[16]。このような事情のためか、映画には角川書店と並んで主婦と生活社もクレジットされている[16]

文庫化された『セーラー服と機関銃』は約2か月で100万部を突破した[17]。赤川次郎にとって初めてのミリオンセラーになった[18]
主人公のモデル

赤川次郎の原作の中で、主人公の星泉は、小柄で均整のとれた体、愛くるしい顔立ちではあるが真一文字に結んだ唇と意思の強い光を伴う大きな目が可愛いと言われることを拒否していると形容されている[19]

赤川が『セーラー服と機関銃』を執筆直後にも薬師丸主演で映像化の話は存在したが、中学3年の薬師丸と高校生の星泉では大きく異なるため計画は中止になっていた[19]。赤川も薬師丸で映画化されると良いと思っていたが、それが原作発表から3年後に現実のものとなった[19]。〔1981年時点では〕薬師丸を想定して小説を書いたと言われても仕方ないと発言し[19]、2013年の記事では薬師丸を想定して『セーラー服と機関銃』を執筆したと断言している[17]
衣装・小道具

衣装の制服は本物の制服。何回も衣装合わせをしたが監督の気に入ったものがない状態の時、薬師丸が学校帰りに自分の学校(八潮高校)のセーラー服[20]を着たまま撮影所に行くと、その姿を見た監督がそれを気に入り採用となった。撮影用として経費で学校の制服を丸々1着新調してもらえる事となった薬師丸は、当時「学校に着て行ける制服が増えて嬉しい」と素直に思ったという[21]。映画公開後も薬師丸は、そのセーラー服姿で山手線を使って通学していた[22]

クライマックスシーンで薬師丸が撃った銃はM3グリースガンである。当作の撮影にあたっては、1977年までハドソン産業で製造されていた軟鋼板プレス製のモデルガンを改造したものと、 MGC製のモデルガンを改造したもの、2種類が使われた。どちらも電気発火式プロップガンで、発射時に空薬莢は排出されず発砲炎だけが再現される構造となっていた。前者のハドソン改造品は中盤で佐久間が奪って使用するシーンで用いられ、後者のMGC改造品はクライマックスシーンで用いられている。

どちらのプロップガンも本編のほかポスターや宣伝用スチル写真でも使われており、MGC改造のものは発火装置を仕込んだ関係上実物と比べフレームが延長されており、銃身部の根本と弾倉の間が長いことで区別できる。
配給変更

当初、東宝の正月映画第2弾1月15日公開の予定だったが、角川春樹が配給を東宝から東映に変更し、東映の正月映画となった[12]。東宝の正月映画はたのきんトリオの『グッドラックLOVE[注 3]

薬師丸の前作は東宝配給の『ねらわれた学園』だったが、併映の『ブルージーンズメモリー BLUE JEANS MEMORY』のみ1本立て興行を行ったり、当初、東宝の宣伝費が『ブルージーンズメモリー』に8割、『ねらわれた学園』に2割という不平等な扱いだったため、立腹した角川春樹事務所が次作の『セーラー服と機関銃』の配給を東宝から東映に変更した[23]


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