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セパタクロー
統括団体ISTAF
通称籐球(とうきゅう)
起源 タイ・ マレーシア(15世紀)
特徴
身体接触無
選手数3人
男女混合有
カテゴリ屋内競技、ビーチ
ボール籐球
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セパタクロー(Sepak takraw、Sepaktakrawとも書く[1])は、東南アジア各地で9世紀ごろから行われている球技を元にした近代スポーツ。セパ(sepak)はマレー語で「蹴る」、タクロー(takraw、??????)はタイ語で「籐製のボール」を意味する[2]。籐球(とうきゅう)ともいう。1965年にアジアセパタクロー連盟が設立されて統一ルールを制定[2]。 ボールを手ではなく足(キック)や頭(ヘディング)で扱う点ではサッカーや蹴鞠を連想させるが、テニスやバレーボールなどと同様、境界にネットを置いたコートを使用することから「足のバレーボール」とも呼ばれる。 トッププレイヤーのスパイクは時速140kmを超えると言われる[3]。セパタクローの様子 セパタクローの起源には諸説がある[4]。一説では、9世紀ごろに始まった、東南アジアの輪になりボールを蹴り合う遊びが発祥になったとされる[2]。11世紀にはフィリピン、ブルネイ、ミャンマー、インドネシア、シンガポール、マレーシア、ラオスなどで同様の遊びが行われていたとされている[4]。
概説
歴史