スリー・ドッグ・ナイト
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スリー・ドッグ・ナイト
Three Dog Night
左からチャック・ネグロン、コリー・ウェルズ、ダニー・ハットン(1969年)
基本情報
出身地 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス
ジャンルポップ・ロックソフトロックルーツ・ロック、ファンク・ロック、ブルー・アイド・ソウル
活動期間1967年 - 1976年1981年 -
レーベルダンヒルMGMMCAエピックコロムビア
公式サイト ⇒www.threedognight.com

メンバーダニー・ハットン(V.)
マイケル・オールサップ(G.)
ポール・キンネリー(B.)
パット・バウツ(D.)
デイヴィッド・モーガン(G.)
ハワード・ララヴェア(K.)

旧メンバージョー・シェルミー(B.)
チャック・ネグロン(V.)
アル・シナー(D.)
フロイド・スニード(D.)
ジャック・ライランド(B.)
スキップ・コンテ(K.)
ジェイムス・スミス(G.)
ジミー・グリーンスプーン(K.)
コーリー・ウェルズ(V.)

スリー・ドッグ・ナイト(Three Dog Night)は、アメリカロック・バンド。
概要

ダニー・ハットン、チャック・ネグロン、コリー・ウェルズという3人のボーカルを擁した独特のサウンドを持つバンド。ビルボードのトップ40に21曲がチャート・インし、その内3曲が1位を獲得した。バンド名は「アボリジニが寒さの厳しい夜に3匹の犬と寝る」という風習にちなんでいる(公式サイトの記述より)[注釈 1]
略歴

1967年、ボーカルのダニー・ハットンが中心となってグループ結成を企図、コリー・ウェルズとチャック・ネグロンという2人のボーカリストと3人組のグループをまず組み、そこにジミー・グリーンスプーンを初め4人のバック・ミュージシャンをスカウトして7人編成のバンドを組み、1968年11月、ダンヒル・レコードからシングル「Nobody」でデビュー。翌1969年4月にリリースした3曲目のシングル「ワン」がBillboard Hot 100で5位まで上昇[1]、さらに1970年には「ママ・トールド・ミー」、1971年には「喜びの世界(ジョイ・トゥ・ザ・ワールド)」が1位になり[1]、スターダムにのし上がった。その後も「ブラック・アンド・ホワイト」「オールド・ファッションド・ラヴ・ソング」、「シャンバラ」、「ショウ・マスト・ゴー・オン」など1974年まで数々のヒット曲を送り出した。しかし1975年7月、チャック・ネグロンがコカイン不法所持の容疑で逮捕されており、告訴は後に取り下げられるが、これを機にバンド内の人間関係が悪化する[2]。そして1976年にダニー・ハットンが脱退し、バンドは一旦解散した。

1981年、ジョー・シェルミー(ベース)を除くデビュー時の6人を含む編成で再結成されるが、その後はメンバー・チェンジが相次ぐ。チャック・ネグロンは1985年にバンドを解雇され[3]、それ以後はダニー・ハットンとコニー・ウェルズの2人がリード・ボーカルを担当する編成で活動を続けていく。

2002年には、過去のヒット曲をロンドン交響楽団と共に再録音したアルバム『Three Dog Night with the London Symphony Orchestra』を発表している[4]

2015年3月11日、ジミー・グリーンスプーンが死去。67歳没。同年10月20日、コリー・ウェルズがニューヨーク州で死去。74歳没[5]
楽曲

彼らの曲はどれも基本的に外部の作曲家の手によるもので、そのほとんどが無名だったミュージシャンの曲をボーカルの3人がそれぞれ掘り出したものである(1人の選曲に他の2人が同意すればその選曲者をリードボーカル兼プロデューサーとしてレコーディングするというスタイルであった)。このような形で彼らが発掘したミュージシャンには後にソロ・アーティストとして成功を収めた者が多い。彼らのカバーがきっかけで日の目を見るようになった主な作家と楽曲は以下の通り。

レオ・セイヤー = 「ショウ・マスト・ゴー・オン」 (最高位:全米4位)

ハリー・ニルソン = 「ワン」 (全米5位)

ランディ・ニューマン = 「ママ・トールド・ミー」 (全米1位)

ローラ・ニーロ = 「イーライズ・カミング」 (全米10位)

ポール・ウィリアムズ = 「オールド・ファッションド・ラヴ・ソング」(全米4位)、「アウト・イン・ザ・カントリー」(全米15位)、「ファミリー・オブ・マン」(全米12位)

ラス・バラード = 「ライアー」

デイヴ・ロギンス = 「ピーセズ・オブ・エイプリル」

ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム

ワン』 - Three Dog Night (1968年) ※旧邦題『トライ・ア・リトル・テンダーネス スリー・ドッグ・ナイト登場』

『融合』 - Suitable for Framing (1969年) ※旧邦題『話題の新星 スリー・ドッグ・ナイト・セカンド』

『イット・エイント・イージー』 - It Ain't Easy (1970年)

ナチュラリー』 - Naturally (1970年)

『ハーモニー』 - Harmony (1971年)

『セブン・セパレート・フールズ』 - Seven Separate Fools (1972年)

『サイアン』 - Cyan (1973年)

『ハード・レイバー』 - Hard Labor (1974年)

『カミング・ダウン・ユア・ウェイ』 - Coming Down Your Way (1975年)

『アメリカ回顧録』 - American Pastime (1976年)

It's a Jungle (1983年)

Three Dog Night with the London Symphony Orchestra (2002年)

ライブ・アルバム

白熱のライヴ』 - Captured Live at the Forum (1969年)

『アラウンド・ザ・ワールド』 - Around the World with Three Dog Night (1973年)

Three Dog Night: Live (1988年)

Super Hits Live (2007年)

Three Dog Night: Greatest Hits Live (2008年)

コンピレーション・アルバム

『ゴールデン・ビスケッツ?スリー・ドッグ・ナイト・アーリー・ヒッツ』 - Golden Biscuits (1971年)

Joy to the World: Their Greatest Hits
(1974年)

The Best of 3 Dog Night (1982年)

『セレブレイト?スリー・ドッグ・ナイト・ストーリー1965-1975』 - Celebrate: The Three Dog Night Story, 1965-1975 (1993年)

20th Century Masters - The Millennium Collection: The Best of Three Dog Night (2000年)

『ジョイ・トゥ・ザ・ワールド?ベスト・オブ・スリー・ドッグ・ナイト』 - Joy to the World - The Best of Three Dog Night (2002年) ※日本企画

The Complete Hit Singles (2004年)

日本公演

1975年
5月1日,2日 北海道厚生年金会館、4日 秋田県民会館、6日 新潟県民会館、7日 富山市公会堂、10日 名古屋市公会堂、11日 広島市公会堂、12日 福岡市九電記念体育館、14日 大阪厚生年金会館、16日 日本武道館
脚注[脚注の使い方]
注釈^ ただし、オーストラリア英語慣用句としてはFive dogs nightが正しく、入植した白人があまりの寒さに毛布代わりに犬を抱いて寝たことに由来する語である。

出典^ a bThree Dog Night 。


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