スラヴ語派
話される地域ヨーロッパ、ソ連内の中央アジア
言語系統インド・ヨーロッパ語族
バルト・スラヴ語派
スラヴ語派
下位言語
東スラヴ語群
南スラヴ語群
西スラヴ語群
ISO 639-2 / 5
スラヴ語派(スラヴごは)とは、インド・ヨーロッパ語族バルト・スラヴ語派の一派で、スラヴ系諸民族が話す言語の総称。
かつては同民族の祖先スラヴ人に話される「スラヴ祖語」が存在したと想定されるが、スラヴ人の民族大移動の頃(5 - 6世紀)から分化が進み、次第に各語群が独自の特徴を明確にし始め、12世紀には単一言語としての統一は完全に失われた。
分類ルーボル・ニデルレによるスラヴ語派の図(1990年)
スラヴ諸語は分布地域に一致するおおよそ3つのグループに区分することができる。 スラヴ語派に属するすべての言語は、スラヴ祖語に起源を持つ。口蓋化という音韻変化を特徴とするが、後述する白樺文書問題によって、従来の仮説ではスラヴ語をまとめることが難しくなった。
東スラヴ語群
古東スラヴ語
古ノヴゴロド方言
ルーシ語
ルテニア語
ウクライナ語
ルシン語
ベラルーシ語
ロシア語
西スラヴ語群
チェコ・スロバキア語
チェコ語
スロバキア語
パンノニア・ルシン語 (スロバキア、ポーランド、ウクライナ、ハンガリーの境界に当たる地域の方言で東スラヴ語群に入れることもある)
レヒト諸語
古ポーランド語(英語版) (死語)
中世ポーランド語 (死語)
ポーランド語
シレジア語
ポメラニア諸語(英語版)
カシューブ語
スロヴィンツ語(英語版) (死語)
ポラーブ語 (死語)
ソルブ諸語
上ソルブ語
下ソルブ語
クナアン語 (死語)
南スラヴ語群
東グループ
古代教会スラヴ語(死語)
マケドニア語
ブルガリア語
教会スラヴ語(死語)
西グループ
セルビア・クロアチア語
ボスニア語
セルビア語
クロアチア語
モンテネグロ語
ブニェヴァツ方言(en)
スロベニア語
歴史
共通の祖語
過去に主張されたものとして、スラヴ語派は近接するバルト語派(リトアニア語、ラトビア語、古プロイセン語)とは根本的に異なり、アルバニア語から派生したとする説もある。これは、バルト語派からの強い影響は認めつつも、単に影響を受けただけにとどまり直接の祖先はアルバニア語であるとするものである。この説はソヴィエト連邦崩壊前後に盛んに唱えられた[1]。しかし最近の研究によってこの説はほぼ否定されている[2]。
最近の仮説では、スラヴ語派がゲルマン語派との共通祖語から分かれたとするものもある。11世紀ノヴゴロドの白樺文書に書かれたスラヴ語に第2次口蓋化が起こっておらず、ケントゥム語の特長を良く残しており、形態的にもよりゲルマン語に近いことが明らかになったため。スラヴ語の口蓋化は3次にわかれて発生したと考えられているが、第1次口蓋化が5世紀後半より開始された後、ゲルマン語との共通祖語の名残がまだあった第2次口蓋化以前の時代に、ノヴゴロド方言を含む古ルーシ語が分化していたことになる[3]。 スラヴ祖語は5世紀ころまで存在し、7世紀までにはいくつかの大きな方言群に分かれていったとされる。スラヴ語派の統一性は、スラヴ民族が居住地を拡大していくにつれてさらに失われていった。 9世紀から11世紀にかけてのスラヴ系言語で書かれた文献には、その後の分化につながる地域的特徴がすでに現れている。例えばフライジンク写本
スラヴ語派内での分化
西スラヴ語群および南スラヴ語群の分立に関する有力な仮説はまだない。東スラヴ語群は、12世紀ごろまで存在していた古ルーシ語として祖語から別れていったと考えられている。南スラヴ語群は二手に分かれてバルカン半島に進出し、あいだに非スラヴ系民族(ワラキア人)がいた、とするのが有力である。 スラヴ民族のバルカン半島への進出によってスラヴ語派は分布域を大きく拡げたが、ギリシャ語、アルバニア語などのもともと存在した言語も引き続き存続した。9世紀にパンノニアへマジャール人が進出したことで、南と西のスラヴ民族のあいだにくさびが打ち込まれた格好となった。さらにフランク人の進入によって、モラヴィアのスラヴ人はスティリア、カリンシア、東チロルおよびスロヴェニアのスラヴ人と隔離され、南・西の地理的分離は決定的なものとなった。
スラヴ語派の発展
南および西スラヴ語群の分立