イズミル
?zmir
街の風景
位置
イズミルとイズミル県の位置
位置
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座標 : .mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯38度26分 東経27度09分 / 北緯38.433度 東経27.150度 / 38.433; 27.150
イズミル(?zmir [?izmi?])は、エーゲ海に面するトルコ西部の都市。イズミールとも表記される。古くはズミュルナもしくはスミュルナ(古代ギリシア語: Σμ?ρνα, Σμ?ρνη [zmyr.na?, zmyr.n??]、ラテン語: Smyrna, Zmyrna、現代ギリシア語: Σμ?ρνη [?zmi?ni] ズミルニ)と呼ばれた。人口は約400万人(2012年時点)でイスタンブール、アンカラに次ぐトルコ第3の都市である。イズミル県の県都。2012年の行政区画改編により、イズミル県とイズミル大都市自治体の範囲は同一となっている[3]。 古来よりその美しさが「エーゲ海の真珠」と称えられる港町。付近にはエフェソス、ベルガマ(ペルガモン)などの古代遺跡もあり、多くの観光客を集める。 現代においては、イスタンブールに次ぐトルコ第2の規模の港湾施設を持つ。ヨーロッパや中東、アフリカとの輸出入に便利な上、イスタンブールより物価や不動産賃借料、人件費が安価なことから、やや内陸に位置して広い工業団地があるマニサを合わせて、日系など外資系を含めた製造業の集積が進んでいる。交通渋滞などが慢性化しているイスタンブールからオフィスや研究所を移す欧州系企業も多い。政府機関のイズミル開発庁が企業誘致を担当している[4]。 イスタンブールから居を移すトルコ国民も増えている。上記のような物価高や渋滞を避けるためだけでなく、イスラーム教保守派が台頭するイスタンブールから世俗派が転出し、イズミルの自由な雰囲気を求めている面もある。これによりイズミルでも過密化を懸念する声が出ている[5]。 軍事面では、イズミルには北大西洋条約機構 (NATO) のイズミル連合航空部隊司令部が置かれている。 スュペル・リグのギョズテペSKが本拠地を置いている。 ヘロドトスによれば、紀元前1000年頃にアイオリス人によって建設され、その後、イオニア人たちの手に渡り、文化的・商業的中心地として大きく発展した。イオニア同盟の主要な都市の一つとなる。ホメロスが暮らしていたのもここであったと言われる。リュディアの攻撃(紀元前600年ごろ)によって破壊された。その後、リュディアやアケメネス朝、アレクサンドロス3世(大王)によって支配された。紀元前1世紀よりローマ帝国、4世紀以降は東ローマ帝国の支配下で繁栄を謳歌する。
地理・経済・社会
歴史古代ギリシア時代のアゴラ