スペシャルウィーク
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この項目では、競走馬について説明しています。ラジオの聴取率調査(レイティング)週間については「聴取率」をご覧ください。

スペシャルウィーク
1999年10月31日、東京競馬場
欧字表記Special Week
品種サラブレッド
性別[1]
毛色黒鹿毛[1]
生誕1995年5月2日[1]
死没2018年4月27日(23歳没)
サンデーサイレンス[1]
母キャンペンガール[1]
母の父マルゼンスキー[1]
生国 日本北海道門別町[2]
生産者日高大洋牧場[1]
馬主臼田浩義[1]
調教師白井寿昭[1]栗東
厩務員村田浩行[2]
競走成績
タイトルJRA賞特別賞(1999年)
生涯成績17戦10勝[1]
獲得賞金10億9262万3000円[1]
ICL121 / 1998年[3]
L123 / 1999年[4]

勝ち鞍

GI東京優駿1998年
GI天皇賞(春)1999年
GI天皇賞(秋)1999年
GIジャパンC1999年
GII弥生賞1998年
GII京都新聞杯1998年
GIIAJCC1999年
GII阪神大賞典1999年
GIIIきさらぎ賞1998年


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スペシャルウィーク(欧字名:Special Week、1995年5月2日 - 2018年4月27日[5]は、日本競走馬種牡馬。主な勝ち鞍は1998年東京優駿[6]1999年天皇賞(春)天皇賞(秋)[7][8]ジャパンカップ[9]テイエムオペラオーに記録を更新されるまで、当時の日本最高賞金獲得馬であった。
デビューまで
誕生に至る経緯

1995年北海道門別町の日高大洋牧場にて誕生。父・サンデーサイレンスは現役時代アメリカで14戦9勝、内GI6勝を挙げ、4歳時にはケンタッキーダービープリークネスステークスの二冠を制覇。三冠を狙ったベルモントステークスはライバルのイージーゴアに敗れたものの、この年の全米年度代表馬に選出されている[10]

母・キャンペンガールはデビュー前に厩舎の洗い場で暴れて怪我をしてしまい未出走で終わっているが[11]、曽祖母に名牝シラオキを持つ血統の良さ(血統表を参照)から繁殖牝馬としての期待は高かった[12][13]。のちに本馬の調教師となる白井寿昭も、小林稔厩舎に在籍していたキャンペンガールの血統に注目しており、本馬の2つ年上の半姉であるオースミキャンディ(父・ヘクタープロテクター)を山路秀則オーナーに購入してもらって自厩舎に迎え入れていた[14]
デビュー前

本馬誕生の前年の12月、母キャンペンガールは本馬の受胎中に急に疝痛の回数が増えるようになり[15][16]、周期も徐々に短くなっていった[15]。2月になる頃には週に1、2度疝痛を起こすようになり、獣医からは腸の一部が壊死していると診断され、生命の危機とも言える状態に陥った[15]。5月2日の午前9時過ぎ、キャンペンガールは疝痛で苦しみ出し、10時過ぎにはいままでにないほどの苦しみ方でもがき始め[17]、牧場スタッフ・獣医ら総出でキャンペンガールの出産を促し、本馬は誕生した[17]。本馬の誕生直後にキャンペンガールは別の馬房に移され[18]、本馬には乳母馬として輓馬といわれる重種馬が手配された[18]。しかし、乳母馬はやや気性の荒いところがあり、本馬を遠ざけようとしたため、本馬と乳母馬が慣れるまでの処置として、スタッフは木でやぐらのようなものを組み、そこに乳母馬を入れて動かないようにし、お乳の部分は出るようにして本馬が飲みたい時にはいつでも飲めるようにした[18]。3日後、乳母馬がやぐらを出される頃には乳母馬は本馬をある程度受け入れる態度を取ったが[19]、出産の5日後キャンペンガールは死亡した[16]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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