スティーヴ・レイシー
Steve Lacy
スティーヴ・レイシー(1976年)
基本情報
生誕 (1934-07-23) 1934年7月23日
出身地 アメリカ合衆国 ニューヨーク
死没 (2004-06-04) 2004年6月4日(69歳没)
ジャンルフリー・ジャズ
担当楽器ソプラノ・サクソフォーン
スティーヴ・レイシー(Steve Lacy、1934年7月23日 - 2004年6月4日)は、アメリカ・ニューヨーク出身のジャズ、フリー・ジャズのソプラノ・サクソフォーン奏者。1971年初頭、公式に「ポスト・フリー
」という用語を用いた。ピアノ、クラリネットを学んでいた。シュリンガー音楽院、マンハッタン音楽院で学んでいたが共に中退。
1955年、セシル・テイラー・カルテットに参加し『ジャズ・アドヴァンス』(1956年)を録音[1]。1957年、ニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演した。1958年、セロニアス・モンクが作った曲のみからなるアルバム『リフレクションズ』を録音し、1960年には16週間、セロニアス・モンク・カルテットに加わるかたちでクインテットの一員として活動した[2]。のちの『エピストロフィー』(1969年)、『オンリー・モンク』(1987年)、『モア・モンク』(1991年)もモンクの曲の編曲集となっている。
1972年にフランス・パリに移住した[3]。1975年6月に来日し[4]、アルバム5枚の録音を残している。それらの中で『ザ・ワイヤー』(1977年)には、佐藤允彦(ピアノ)、富樫雅彦(パーカッション)、翠川敬基(チェロ、コントラバス)、池田芳夫(ベース)、吉沢元治(ベース)がスティーヴ・レイシー・セクステットとして参加した。『ディスタント・ヴォイセス』(1976年)は高橋悠治および小杉武久と共同名義の作品である。
1981年に日本で富樫雅彦(ドラム、パーカッション)と『エターナル・デュオ』(1983年)の録音共演。1986年5月以降、埼玉県深谷市の「ホール・エッグ・ファーム」において14回のコンサートを開催した[5]。
1992年、マッカーサー・フェロー(奨学金)を授与された[6]。
2002年に帰米し、ボストンにあるニューイングランド音楽院において教え始めた。2003年8月に癌と診断されたのちも演奏活動を続けたが、2004年6月4日に死去した。69歳没。
ディスコグラフィ
リーダー・アルバム
The Complete Whitey Mitchell Sessions(1956年2月、4月録音)(Lone Hill Jazz) 2004年
『ソプラノ・サックス』 - Soprano Sax(1957年11月録音)(Prestige) 1957年
『リフレクションズ』 - Reflections