スタニスラフスキー・システム
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『俳優の仕事』第一部にもとづく、スタニスラフスキー・システムの図解。役の内面(左)と外面(右)の要素が、ドラマにおける登場人物の総合的な「究極課題」を探求する中で統一される[1]

スタニスラフスキー・システム(Stanislavski System)は、ロシア・ソ連の演劇人で、俳優演出家であったコンスタンチン・スタニスラフスキーが提唱した演技理論である。その背景には、フロイト心理学の影響があると言われる。

俳優の意識的な心理操作術を通じた、人間の自然による無意識の創造を目的とする。方法としては、意識による間接的な手段によって潜在意識を目覚めさせ、それを創造の中に呼び込むものである。スタニスラフスキーのシステムは「役を生きる芸術」[2]を開拓するものであり、これは「形で示す芸術」[3]に対置される[4]。この方法では、感情の経験や潜在意識の振る舞いといった、コントロールしにくい心理的プロセスを交感的かつ間接的に活性化するため、俳優の意識的な思考や意志といったものを動員する[5]。リハーサルでは、俳優はアクションを正当化するための内的動機を探し、登場人物がある瞬間に何を実現しようとしているのかを決定しようとするが、これは「課題」と呼ばれる[6]マクシム・ゴーリキー(中央で座っている)とイェヴゲニー・ヴァフタンゴフ(ゴーリキーの右)を中心に、第一スタジオのメンバーたち。第一スタジオは研究と教育のための機関であり、実験と即興、自己発見に重きを置いていた。


1898年にモスクワ芸術座版『かもめ』が上演された際にはスタニスラフスキー・システムはまだ使われていなかった。モスクワ芸術座のエンブレムは『かもめ』からきている。スタニスラフスキーは演出の他トリゴーリン(一番右に座っている)を、メイエルホリドがコンスタンティン(床)、オリガ・クニッペルがアルカージナ(後ろ)を演じた。
役を生きる芸術スタニスラフスキーはイタリアの悲劇役者トンマーゾ・サルヴィーニ(オセローを演じている)を「役を生きる芸術」の粋だと考えていた[7]

スタニスラフスキー・システムは「役を生きる芸術」にもとづいている[8]。この原則では、俳優にとって「役を生きること、すなわち演じるたびに、役の人物と同様の感情を体験することが必要」[9]となる。『俳優の仕事』ではトルツォフがイタリアの悲劇役者トンマーゾ・サルヴィーニを引用し、演じるたびに登場人物の感情を経験する必要性があることを説いている[9]

スタニスラフスキーはサルヴィーニが1882年に演じたオセローを高く評価し、「役を生きる芸術」の最高の形だと考えていた[7]。サルヴィーニはフランスの俳優ブノワ=コンスタン・コクランと演技論について意見を異にしており、スタニスラフスキーは自らの「役を生きる芸術」というアプローチを、コクランが実践する感情の経験に重きを置かない「形で示す芸術」に対置し、批判している[10]。『俳優の仕事』第一部では、「舞台の上で、役の条件からはみ出さす、その役にぴったり重なり合うように、正しく、論理的に、一貫性をもって、人間らしく思考し、望み、あこがれ、行動すること」[11]が奨励されている。

スタニスラフスキーのアプローチは、意識的なテクニックで潜在意識下のプロセスを交感的かつ間接的に活性化させるというものである[12]。こうすることにより、結果を模倣してその幻影を提示するよりは、俳優の中に内的、心理的な行為の因果性を再構成しようとする[13]。スタニスラフスキーは演技においてさまざまなアプローチが混合されることは認識しつつ、「役を生きる芸術」が優越すべきだと考えた[14][15]

「役を生きる芸術」的なアプローチについては、すでに1905年にスタニスラフスキーが『桜の園』でシャルロッタ役を演じるにはどうすべきかということについてヴェラ・コトリャレフスカヤにアドバイスした手紙で論じられている[16]。役を生きるためには「他人の生活に自分本来の感情を重ね合わせ、そこに自分の魂の有機的な要素をあずけて、演ずる人物と戯曲全体の内的な生活を舞台の上に作り出す」必要がある[9]。スタニスラフスキーの演技論においては、こうして内的生活を作り上げることが俳優がまずすべきことである[17]
<与えられた状況>と魔法の<もしも>

スタニスラフスキーが言う「魔法の<もしも>」[18]とは、虚構の状況に自身を置くことを想像し、その状況に直面した時にどういうアクションをとるかを構想する能力である[19]。劇作家や演出家などが準備したもろもろの設定は<与えられた状況>と呼ばれ、これは「<もしも>という言葉と同様に、前提であり、<想像の虚構>」[20]である。このアプローチでは、ある人の状況によりその人の性格的特徴が決定づけられる[21]。シャロン・カーニックによると、「自身を役の中に位置づけるということは自分自身の状況を芝居に移すということではなく、自身を自分のものではない状況に組み込むことである」[22]

準備やリハーサルの段階では、俳優は想像により、ある場面からどのような刺激を受けるかを考える。この刺激というのは、ある状況にどういう細かい感覚が伴うかといったことであり、演技における有機的で潜在意識的な反応を引き出すためにしばしば必要となる[19]。これにより、演技において「途切れずに」役を生きることができる[19]

スタニスラフスキーはトレーニングやリハーサルの中で「人前での孤独」[23]と「注意の環」[24]を発達させることにより、芝居に完全に取り込まれることを奨励したが、これはヨーガ瞑想テクニックから発達させたものであった[25]。一方、スタニスラフスキーは完全に役と同一化することは奨励しなかったが、これはある人が全く別の他人になるという考えは病的になりうると思っていたからであった[26]
情緒的記憶

スタニスラフスキーはフランスのテオデュール・アルマンド・リボーの心理学[27][28]を参考にしていた。それは「感情に対する記憶は、かつて味わった感情を思い出しその感情の記憶に身をゆだね、演じる時は素晴らしいフィルターで、われわれが記憶している感情を浄化する偉大な力を持っている」というものであった[29]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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