レイヴェン
プロフィール
リングネームレイヴェン
スコッティ・ザ・ボディ
スコッティ・フラミンゴ
スコット・アンソニー
ジョニー・ポロ
本名スコット・レヴィー
身長185cm
体重111kg
誕生日 (1964-09-08) 1964年9月8日(59歳)
出身地 アメリカ合衆国
ペンシルベニア州
フィラデルフィア郡フィラデルフィア
トレーナーラリー・シャープ
ザ・シーク
ジェイク・ロバーツ
デビュー1988年
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レイヴェン(Raven、本名:Scott Levy、1964年9月8日 - )は、アメリカ合衆国のプロレスラー。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。 ラリー・シャープが主宰するプロレスラー養成機関 " ⇒モンスター・ファクトリー" でトレーニングを積み、スコッティ・ザ・ボディ(Scotty the Body)のリングネームで1988年にデビュー。太平洋岸北西部のPNWなどNWA系の団体に参戦した後、1990年8月に全日本プロレスに初来日。初戦の後楽園ホール大会ではリップ・モーガンと組んでジャイアント馬場&ラッシャー木村と対戦した[1]。 1991年にはスコット・アンソニー(Scott Anthony)に改名してテキサス州ダラスのGWFに登場し、カクタス・ジャックやマッカン・シンらとザ・カーテル(The Cartel)なるヒールのユニットを結成[2]、マイクパフォーマンスのスキルを活かし、スポークスマン的存在となって活躍した。 1992年からスコッティ・フラミンゴ(Scotty Flamingo)のリングネームでWCWに所属。軽量級戦線で活動し、同年6月20日のPPV "Beach Blast 1992
来歴
WCW脱退後の1993年にはメンフィスのUSWAに参戦して、ブライアン・クリストファーと組んで3月22日にザ・ムーンドッグス(スポット&スプラット)からUSWA世界タッグ王座を奪取[5]。その後、トークのうまさを買われ、調教師をキャラクターにしたジョニー・ポロ(Johnny Polo)を名乗り、同年5月よりマネージャーとしてWWFに登場。初期はアダム・ボム、後にザ・ケベッカーズ(ジャック・ルージョー&ピエール・カール・ウエレ)のマネージャーを務め、『マンデー・ナイト・ロウ』のアシスタント・プロデューサーやカラー・コメンテーターも担当していた[4]。2004年
しかし、選手としての活動を続けるべくWWFを離脱し、1995年からECWに参戦。グランジをモチーフとした虚無的なキャラクター、レイヴェンに変身する。スティービー・リチャーズやブルー・ミーニーを子分に従えレイヴェンズ・ネスト(Raven's Nest)なるユニットを結成し、トミー・ドリーマーやサンドマンといったライバルたちとのハードコア・レスリングでカルト的な人気を集め、ECWを象徴する選手の一人となった。ECWではハードコアの教祖と呼ばれるほどのカリスマ性を誇っていたが、サンドマンを十字架に括りつけるなどのパフォーマンスで非難を浴び謝罪したこともある(なお、この時にアマチュア時代のカート・アングルが会場に来ていたが、この演出に失望したため彼とECWとの契約は実現しなかった)。