ジョーン・ディディオン
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ジョーン・ディディオン
Joan Didion

誕生(1934-12-05) 1934年12月5日(83歳)
アメリカカリフォルニア州サクラメント
職業小説家,エッセイスト
国籍 アメリカ合衆国
活動期間1963 -
代表作en:Slouching Towards Bethlehem (1968)
en:The Year of Magical Thinking (2005)
主な受賞歴全米図書賞(2005)
メディシス賞エッセイ部門(2007)
配偶者en:John Gregory Dunne
ウィキポータル 文学
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ジョーン・ディディオン(Joan Didion,1934年12月5日 ? )は、アメリカ人小説家エッセイストである。ニュージャーナリズムの書き手のひとりとして、1960年代に興隆したアメリカカウンターカルチャーや当時の若者たちの生態を描いた小説やエッセイで注目された[1]


目次

1 略歴

2 受賞歴

3 主な著書

3.1 小説

3.2 ノンフィクション

3.3 脚本


4 日本語訳された作品

5 脚注

6 外部リンク


略歴

1934年、アメリカカリフォルニア州サクラメント生まれ。父親は兵士で引っ越しが多かったため、幼いころはきちんとした教育を受けられず、恥ずかしがり屋で読書好きなおとなしい子供だった。カリフォルニア大学バークレー校在学中に、雑誌の『ヴォーグ』が主催するエッセイ・コンテストで優勝し、卒業後ヴォーグで2年間働いた。

ヴォーグ在籍中の1963年に処女作『Run, River』を出版。翌1964年に、裕福な資産家の息子で、『タイム』誌のライターをしていたジョン・グレゴリー・ダンと結婚し、ヴォーグを退職してロサンジェルスで暮らし始める。1966年には生後間もない女の子、クィンターナを養女にする。ロスの高級リゾート地に住み、パーティに明け暮れ、ジャニス・ジョップリンら伝説的な有名人たちとも交流しながら[2]、『ライフ』『エスクワイヤー』『ニューヨークタイムズ』など多くの雑誌に寄稿し、小説やドキュメンタリーなどを執筆した。

1968年から空間識失調やめまい、多発性硬化症を患った。1970年代初期には、夫と夫の兄のドミニクと三人で映画会社を設立、夫とともに脚本を担当し、アル・パチーノ主演の『哀しみの街かど』を制作した[2]。その後ドミニクとは離れたが、夫と脚本を書いた『スター誕生 (1976年の映画)』が大成功を収め[2]、『告白』、『アンカーウーマン』と夫婦二人三脚の脚本執筆が続いた[1]1979年にはクィンターナの通学のためにロス郊外の高級住宅街ブラントウッドに引っ越す。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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