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ジョージ 秋山
旺文社『高二時代』第4巻第9号(1967)より
本名秋山 勇二
生誕 (1943-04-27) 1943年4月27日
日本・東京府東京市日暮里
死没 (2020-05-12) 2020年5月12日(77歳没)
職業漫画家
活動期間1965年 - 2017年
ジャンルギャグ漫画、少年漫画、青年漫画、
成人向け漫画
代表作『パットマンX』
『銭ゲバ』
『アシュラ』
『ピンクのカーテン』
『浮浪雲』
受賞講談社児童まんが賞(1968年)
小学館漫画賞(1978年)
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ジョージ 秋山( - あきやま、本名:秋山 勇二(あきやま ゆうじ)、1943年〈昭和18年〉4月27日 - 2020年〈令和2年〉5月12日)は、日本の漫画家。 1943年、東京都の日暮里で出生。姉、兄、弟、妹それぞれ1人ずつの5人きょうだいの次男。父は腕のいい朝鮮人の造花職人だった。第二次世界大戦中は栃木県田沼町に疎開した。10歳のとき父親が事業に失敗し足利市へ転居。極貧生活を経験する。子供の頃から漫画を描き出し、中学2年生で漫画本を自作した[1]。 高校への進学を勧められたが、親兄弟のことを考えて中学卒業後に上京し、神田の貸本漫画の取次店、芳明堂に就職。芳明堂に勤務しながら、取次として担当した若木書房に原稿を持ち込んだり、漫画家の前谷惟光邸へ日参して、漫画家を目指した。前谷惟光の名義で出版されたのが初単行本となる[1]。また、貸本単行本『風魔』(東邦漫画出版社
経歴
芳明堂を退職後はアルバイトを転々としながら日本放送映画でテレビアニメ『戦え!オスパー』を手伝う[3]。その後、講談社へ持ち込みを続け、やがて編集者からの紹介で1年半ほど森田拳次に師事した[1][4]。アシスタントをしつつ貸本漫画に作品を発表し、「少年画報」1965年2月号に「トッピナ作戦」を掲載、1966年に掲載の『別冊少年マガジン』(講談社)に『ガイコツくん』が成功、翌年に連載を依頼された『パットマンX』がヒットして、1968年の講談社児童まんが賞を受賞[1]。ギャグ漫画で成功したことから、『ざんこくベビー』『コンピューたん』『ほらふきドンドン』『デロリンマン』などペーソスあふれるギャグを得意としたギャグ漫画家であった[1][5]。
1970年になって、3月から週刊少年サンデー(小学館)に『銭ゲバ』を、8月から週刊少年マガジン(講談社)に『アシュラ』をそれぞれ発表し、それまでの作風からは想像もつかない露悪的ともいえる描写で人間の善悪やモラルを問い、世間の注目を浴びた。