ジョージ・バーンズ_(内野手)
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ジョージ・バーンズ
George Burns

基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地オハイオ州ナイルズ
生年月日1893年1月31日
没年月日 (1978-01-07) 1978年1月7日(84歳没)
身長
体重6' 1.5" =約186.7 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション一塁手
プロ入り1914年
初出場1914年4月14日
最終出場1929年9月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)


デトロイト・タイガース (1914 - 1917)

フィラデルフィア・アスレチックス (1918 - 1920, 1929)

クリーブランド・インディアンス (1920 - 1921, 1924 - 1928)

ボストン・レッドソックス (1922 - 1923)

ニューヨーク・ヤンキース (1928 - 1929)

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■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

ジョージ・ヘンリー・バーンズ(George Henry Burns, 1893年1月31日 - 1978年1月7日[1])は、アメリカ合衆国オハイオ州ナイルズ出身のプロ野球選手一塁手)。右投げ右打ち。

ニックネームは"Tioga George"。1926年のアメリカンリーグ最優秀選手で、シーズン二塁打数のリーグ記録を持っていた。メジャーリーグ史上初めて『一塁手による一人トリプルプレー』を完成させた選手でもある。
経歴

1914年にデトロイト・タイガースに入団、1年目から137試合に出場し、.291の打率を残す一方、リーグ最多の12もの死球を記録する。タイガースで4シーズン正一塁手として出場した後、1918年にヤンキースを経由してアスレチックスへ移籍する。この年バーンズは打撃面で活躍し、リーグ最多の178安打と打率.352の数字を残したが、3シーズン目の1920年にはアスレチックスから再びトレードされ、インディアンスに移る。

インディアンスでは控えの一塁手だったが、1920年のワールドシリーズに先発出場した時は、第6戦でタイムリー二塁打を放つ活躍をし、チームのシリーズ制覇に貢献した。この年インディアンスではレイ・チャップマンが頭部への死球が元で他界する事故がおき、後釜にルーキーのジョー・シーウェルが抜擢されたが、バーンズはチームに入団して間もないシーウェルにバットをプレゼントしてチームに迎え入れたという。シーウェルはもらったバットに「ブラック・ベッツィー」という名前をつけ、その後現役を引退するまでの14年間同じバットを使い続けたのは有名な話である。

バーンズは1921年に84試合ながら.361という高い打率を残したが、翌年ボストン・レッドソックスにトレードされる。レッドソックスに在籍していた1923年の9月14日のインディアンスとの試合で、バーンズはメジャーリーグ史上初となる一塁手による無補殺三重殺を完成させた[注 1]。打者フランク・バウアーの打ったライナーをバーンズは捕球し、一塁を離れていた走者ウォルト・ルツキーにタッチした後、そのまま二塁ベースへ駆け込んで、離塁していた二塁走者のリッグス・ステフェンソンまでアウトにしてしまった。レッドソックスでもほぼ全試合に出場し、3割以上の打率を残していたバーンズだったが、1923年のオフに再びインディアンスに移籍することになった。この時のトレードの交換要員の一人は、バーンズと同じく無補殺三重殺を完成させたビル・ワムズガンスであった。

インディアンスに復帰して3年目となる1926年、バーンズは当時のシーズン記録となる64本の二塁打を含む114打点と打率.358の活躍を見せ、同年のリーグ最優秀選手に選ばれた。2年後の1928年にはヤンキース、翌1929年にはアスレチックスと、ワールドシリーズに出場したチームを渡り歩き、1929年にメジャーリーグから引退、その後パシフィックコーストリーグで5年間プレーした。1932年にはリーグの最多打点を挙げている。

野球を離れた後は、シアトルで1967年まで保安官代理の職についていた。1978年にワシントン州で他界。
詳細情報
年度別打撃成績

















































O
P
S

1914DET13754547855139225518657231322--32--1256--.291.351.389.740
191510543939249991835138509317--22--551--.253.301.352.653
19161355294796013722641837312--19--22--730--.286.327.382.709
1917119443407429214101129423--14--15--633--.226.264.317.581
1918PHA130544505611782296236708--8--23--825--.352.390.467.857
19191265124706313929982105715--6--19--1218--.296.339.447.786
1920226860114301207401--6--17--.233.313.333.647
CLE4464567154102113102--4--23--.268.339.375.714
'20計661321168297114120503-10--310--.250.326.353.679
1921842652445288214011749316--13--219--.361.398.480.877
1922BOS1476025587117132512249738215--20--928--.306.341.446.787
1923146616551911814757259829712--45--733--.328.386.470.856
1924CLE1295284626414337542026814523--29--1527--.310.370.437.807
19251275234886916441462317916118--24--324--.336.371.473.844
192615165760397216643429811513718--28--833--.358.394.494.889
19271406075498417551232397813119--42--727--.319.375.435.810
192882238209295212158130236--17--611--.249.323.388.711
NYY4441200020000--0--01--.500.500.5001.000
'28計86242213305412158330236--17--612--.254.326.390.716
19299990000000000--0--04--.000.000.000.000
PHA2951495135012111101--2--03--.265.294.429.723
'29計3860585135012111101--2--07--.224.250.362.612
MLB:16年186672446573901201844472722822954154*63187--363--110433--.307.354.429.783


各年度の太字はリーグ最高

「-」は記録なし

通算成績の「*数字」は不明年度がある事を示す

表彰 

シーズンMVP1926年

ワールドシリーズ出場:2回(1920年、1929年)

シーズン二塁打数:64(1926年、史上2位)

一塁手による無補殺三重殺:1923年9月14日

脚注[脚注の使い方]
注釈^ 一塁手による無補殺三重殺はメジャーリーグ史上2度しか記録されていない。詳細は三重殺の項目を参照。

出典^ George Burns Stats Baseball-Reference.com 2021年2月20日閲覧。

関連項目

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