ジョン・ヴァーリイ
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この項目では、小説家について説明しています。画家については「ジョン・ヴァーリイ (画家)」をご覧ください。

ジョン・ヴァーリイ
John Herbert Varley
誕生 (1947-08-09) 1947年8月9日(76歳)
アメリカ合衆国テキサス州オースティン
職業小説家
国籍 アメリカ合衆国
活動期間1974年 - 現在
ジャンルSF
代表作『残像』、『PRESS ENTER■』
主な受賞歴ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞
公式サイト ⇒The Official Website
The John Varley Site
ウィキポータル 文学
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ジョン・ヴァーリイ(John Herbert Varley, 1947年8月9日 - )は、アメリカ合衆国小説家SF作家)。

未来世界の人々を描きながら、同時代的な意識を盛り込むと同時に、最新科学知識と多量のガジェットを投入し、新しいスタイルのハードSFとして評価されつつ、人体改造やコンピュータを利用した設定は1980年代のサイバーパンクの先駆け的存在とも見なされる。

また、70年代に活躍したSF作家たち、マイクル・ビショップジョージ・R・R・マーティンヴォンダ・マッキンタイアらのLDG(レイバー・デイ・グループ)に含められることもある。
経歴

テキサス州オースティン生まれ。テキサス州フォートワースで育ち、1957年に同州ポートアーサーに引っ越し、そこで高校を卒業。国の奨学金を得て、ミシガン州立大学に入学。ここを選んだのは、彼が入学できる中でテキサス州から一番遠い大学だったからだという。当初物理学を専攻したが、英語学に転向し、20歳の誕生日を迎える前に退学し、ちょうど1967年の「サマー・オブ・ラブ」のころにサンフランシスコの Haight-Ashbury を訪れた。そこで様々なバイトを経験し、食事は教会の施しをあてにし、最終的に物書きとして生計を立てると決める前には物乞いのようなこともしていた。1969年には車がガス欠で止まった半マイル先で偶然にもウッドストック・フェスティバルが開催されていて、それに参加した。他にも、オレゴン州ポートランドユージーンニューヨークサンフランシスコ(2度目)、カリフォルニア州バークレーロサンゼルスといった場所を転々とした。

1974年に短編「ピクニック・オン・ニアサイド」を「F&SF」誌に発表して作家デビュー。その後1978年までヒューゴー賞[1]ネビュラ賞[2]ローカス賞[3]ジョン・W・キャンベル新人賞[4]に多数ノミネートされながら受賞には至らなかったが、「残像」で1978年ネビュラ賞、1979年ヒューゴー賞ローカス賞のトリプルクラウンを果たし、以後は受賞の常連となる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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