ジョン・ギリランド
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John Gilliland
生誕John Sanford Gilliland, Jr.
(1935-10-18)
1935年10月18日
アメリカ合衆国 テキサス州クワーナ
死没1998年7月27日(1998-07-27)(62歳)
アメリカ合衆国 テキサス州クワーナ
公式サイト ⇒John Gilliland's Pop Chronicles
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ジョン・サンフォード・ギリランド・ジュニア(John Sanford Gilliland, Jr.、1935年10月18日 - 1998年7月27日)は、アメリカ合衆国のラジオ・ブロードキャスター、ドキュメンタリー制作者で、特に音楽を取り上げたラジオ・ドキュメンタリー番組ポップ・クロニクルズ』の制作者として、また、制作集団「クレディビリティ・ギャップ (The Credibility Gap)」のオリジナル・メンバーのひとりとして知られた。テキサス州クワーナ(英語版)に生まれ、同地で死去した。テキサス州やカリフォルニア州の数多くのラジオ局で働いたが、代表的な局はサンディエゴのKOGO(1961年 ? 1965年)、ロサンゼルスのKRLA 1110(1965年 ? 1970年)、サンフランシスコのKSFO(1971年 ? 1978年)であった。
経歴
テキサス州のラジオ局

ギリランドのラジオにおける経歴は、1952年に地元テキサス州クワーナのKOLJから始まった[1]テキサスクリスチャン大学在学中に、彼はフォートワースのKCULでディスクジョッキーとして働いた。彼の番組は『The House of Wax』と『The Man on the Beat』であった。1959年から1961年にかけて、彼はダラスのKLIFで働いた[2]。彼はヒューストンのKILTでも働いていた[3]
カリフォルニア州のラジオ局

サンディエゴのKOGOのニュース部門に、ギリランドは「ジョン・ランド (John Land)」、「ジョニー・ランド (Johnny Land)」などと偽名を名乗って加わった[2]

1965年、ギリランドはロサンゼルス郡のKRLA 1110のニュース部門に加わり[4]、そこでニュース報道にお笑いの要素を盛り込む制作集団「クレディビリティ・ギャップ」のオリジナル・メンバーのひとりとなった。同じく創設メンバーのひとりであったリチャード・ビーブ(英語版)は、ギリランドについて次のように述べている。

ジョンは、「ギャップ」の中枢を担っていたが、彼にとっては「ポップ・クロニクルズ」の仕事の方が、常に一番だった。まるでいつもそっちばかりやっていたようにさえ思える。ジョンは様々な才能に恵まれた、楽しい奴だった。[5]

ギリランドはラジオ・ドキュメンタリー「ポップ・クロニクルズ」のための調査に、放送が始まる2年以上も前から取り組んでいた[4]。この番組は、1950年代1960年代のポピュラー音楽をカバーし、当初はKRLA 1110から放送され、後には他の局でも流れるようになり[6][7]、現在はオンラインでも聴取可能になっている[8]

1971年からは、サンフランシスコのKSFOで、平日19時から24時の帯番組を担当した[9]。彼の番組では、『ポップ・クロニクルズ』の再放送、昔懐かしいラジオ(英語版)の時間、 『Mystery Theater』、『The Comedy Hour』、『The Great LPs』などがコーナーとして盛り込まれていた。同局にいる間、1972年からは[6]1940年代のポピュラー音楽を取り上げた『ポップ・クロニクルズ 40's (The Pop Chronicles 40's)』を制作,放送し始めた[10]。KSFOにおけるギリランドの担当時間帯は、ジェリー・ゴードン(英語版)が引き継いだ[11]
引退

ギリランドは、1978年にKSFOを離れ、生まれ故郷のテキサス州へ戻った[2]。彼は『ポップ・クロニクルズ:40's』をカセットテープ4巻のオーディオブックに編集して出版し[12][13]、後には『ザ・ビッグ・バンド・クロニクル (The Big Band Chronicles)』と改題した[14][15]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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