ジョン・ウー
生年月日 (1946-03-01) 1946年3月1日(78歳)
出身地 中華民国 広州市
国籍 香港
アメリカ合衆国
職業映画監督、映画俳優、映画脚本家
ジャンルアクション
活動期間1969 -
主な作品
『男たちの挽歌』シリーズ
『狼 男たちの挽歌・最終章』
『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』
『ハード・ターゲット』
『ブロークン・アロー』
『フェイス/オフ』
『ミッション:インポッシブル2』
『ウインドトーカーズ』
『レッドクリフ』シリーズ
『レイン・オブ・アサシン』
『マンハント』
受賞
ヴェネツィア国際映画祭
栄誉金獅子賞
2010年
東京国際映画祭
特別賞
2015年
その他の賞
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ジョン・ウー(呉 宇森、広東語: ン・ユイサム、北京語: ウー・ユイセン、英語名:John Woo, 1946年5月1日 ‐ )は、香港[1] の映画監督、脚本家、映画プロデューサー。 1969年に脚本家としてキャセイ・オーガナイゼーションに入社。1971年にショウ・ブラザーズに移り巨匠・張徹(チャン・チェ)の助監督となる。1973年、ゴールデン・ハーベストに移り、『カラテ愚連隊
プロフィール
コメディ映画やカンフー映画が主流だった香港映画界に香港ノワール(英雄式血灑
(中国語版))と呼ばれる新しい流れを築き[2]、後述する暴力的かつ華麗なる独特の映像美から「バイオレンスの詩人」とも呼ばれている。1986年に『男たちの挽歌』で香港電影金像奨最優秀作品賞と金馬奨最優秀監督賞を、1990年に『狼 男たちの挽歌・最終章』で香港電影金像奨最優秀監督賞を受賞。1992年の『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』でハリウッドに認められたのをきっかけに翌年1993年に『ハード・ターゲット』で監督をつとめる。それ以来、主にアメリカ合衆国のハリウッドを活動の拠点としていたが、三国志に題材を得た中国の歴史劇映画『レッドクリフ』二部作以降はアジアの作品でも再び監督を務めている[3]。お気に入りの映画3本はデヴィッド・リーン監督の『アラビアのロレンス』、黒澤明監督の『七人の侍』、ジャン=ピエール・メルヴィル監督の『サムライ』[4]。 彼を有名たらしめた数々のアクション作品で多用された特徴的なアクション表現があり、「ジョン・ウー節」とも呼ばれて多くの熱狂的なファンを集めた。代表的な例としては「ロングコートをはためかせ、両手に銃をもって華麗に立ち回る二丁拳銃アクション」、「戦闘中に舞い飛ぶ白い鳩」、「同時に拳銃を向け合う2人の人物(メキシカン・スタンドオフ)(『レッドクリフ』では長剣)」、「立て続けのカット割りからのスローモーション(サム・ペキンパーなどからの影響と言われている)」「教会での残虐シーン」など(尚、ジョン本人はプロテスタントの信徒である)。 ジョン・ウー本人は、自分は「暴力否定論者」であり、幼い頃の貧困街での生活において、他人から暴力を受ける事が多かったため、映画の中で暴力を描く事によってその残酷さを伝える意図があり、また上述の「鳩」に「平和」の意味を込めていると述べている。その例として、『狼 男たちの挽歌・最終章』の子供を助けるシーンや『フェイス/オフ』の中盤の「OVER THE RAINBOW」の流れる中、子供の視点から描かれる銃撃シーン等が挙げられる。
ジョン・ウー・アクション
表現手法