ジョルジュ・バルビエ
George Barbier
自画像 (1928年)
誕生日1882年10月10日
出生地フランス、ナント
死没年1932年
死没地フランス、パリ
テンプレートを表示
「ジャンヌ・パキンのガウン」(1914年)『Le Spectre de la Rose』のニジンスキー(1911年)
ジョルジュ・バルビエ(George Barbier、1882年10月10日 - 1932年)は、フランスのイラストレーター。20世紀の著名なイラストレーターの一人である。古典を基礎に、当時、流行した日本趣味(ジャポニスム)、中国趣味(シノワズリ)の影響を受けたアール・デコ様式のイラストレーションで知られる。彼の創作活動はジャンルが限定されていたため、美術史においては長い間、軽視されてきたという見方もある。 1882年10月10日、フランスのナントの裕福なブルジョワの家庭に生まれる。ナントは大陸貿易で栄えた古都で、木版画家のオーギュスト・ルペール、その弟子の版画家ジャン・エミール・ラブルールを輩出している。 1908年パリに上京し、エコール・デ・ボザールに学ぶ。1909年パリで巡業したセルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)公演を鑑賞、アンナ・パヴロワやヴァーツラフ・ニジンスキーら新進気鋭の舞踏家や、芸術監督レオン・バクスト、アレクサンドル・ブノワ
経歴
同時期、ギリシア趣味やロシア・バレエに加え、ファッションモードにも深い関心を寄せ、1912年創刊のファッション雑誌『ジュルナール・デ・ダーム・エ・デ・モード』、『ガゼット・デュ・ポン・トン』に定期的にイラストレーションを掲載することとなった。
1914年高級ファッション雑誌『モード・エ・マニエール・ドージュルデュイ』にイラストレーションを連載する。1920年代エルテとともに舞台、映画の衣装や舞台装置のデザインに進出する。1929年フランスの『イリュストラシオン』誌(L'Illustration)に連載。
彼は1932年、キャリアの頂点の時期に50歳で死去し、ナントのミゼリコルド墓地に埋葬された[1]。
脚注/参照^ Georges Augustin Barbier (1882-1932) - Find A Grave
典拠管理データベース
全般
⇒FAST
ISNI
VIAF
国立図書館
⇒スペイン
フランス
BnF data
ドイツ
イタリア
⇒イスラエル
ベルギー
アメリカ
日本
チェコ
ポーランド
学術データベース
CiNii Books
CiNii Research
芸術家
オランダ美術史研究所データベース
ULAN
人物
ドイッチェ・ビオグラフィー
その他
SNAC
IdRef