ジョニー・ゴンサレス基本情報
本名ジョニー・ゴンサレス・ベラ
通称Bombardero(爆撃機)[1]
階級スーパーフェザー級
身長170cm[2]
リーチ177cm[2]
国籍 メキシコ
誕生日 (1981-09-15) 1981年9月15日(42歳)
出身地イダルゴ州パチューカ
スタイルオーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数82
勝ち69
KO勝ち56
敗け12
引き分け1
テンプレートを表示
ジョニー・ゴンサレス・ベラ(Jhonny Gonzalez Vera、1981年9月15日 - )は、メキシコのプロボクサー。イダルゴ州パチューカ出身。元WBO世界バンタム級王者。元WBC世界フェザー級王者。妻はメキシコの女子プロレスラー、セクシー・スター[3]。 2011年4月8日に行われた長谷川穂積との試合の1か月前に東北地方太平洋沖地震が起こったが、3月23日には「スポーツ報知」が、「長谷川と戦って日本の人達を元気づけたい。いつものように試合を行えば『日本は大丈夫』という正しいメッセージが世界に伝わるだろう」というゴンサレスの言葉を伝えていた[4]。この発言は試合をプロモートした本田明彦(帝拳プロモーション)によって公表されたものだが、同じエピソードはESPN.comでも紹介されており、そちらには、「私は豚インフルエンザがメキシコを完全に荒廃させていた時、西岡利晃が防衛戦のためにメキシコを訪れ、私と戦ったことを決して忘れないだろう。私も同じようにモチベーションと誇りをもって戦う」といった言葉も掲載されている[5]。 この年のWBC年間賞でゴンサレスは、Exemplary Boxer of the Year(模範的なチャンピオン)として選出された[6]。WBCはこの授賞について、「(ジョニー・ゴンサレスは)リングの内外において模範的なマナーでボクシングを表現する、謙虚で礼儀正しくひたむきな格別のチャンピオン」と説明している[7]。 アマチュア戦績164勝14敗を引っ提げ、1999年8月14日にプロデビューするも4回判定負け。続く11月6日の2戦目も4回判定負け。 プロ初勝利を収めたのは2000年1月29日の3戦目(4回判定)。その後12連勝を果たしその内11がKO勝利というハードパンチャー振りを発揮した。 2001年10月26日、16戦目で自身初タイトルに挑戦、 アブロー・ソワー(ガーナ)とNABF北米バンタム級決定戦に出場し10回TKO勝利によって王座を獲得した。 2002年2月8日、リカルド・バルガス(メキシコ)とノンタイトル戦を行い、10回判定負けを喫した。約2ヵ月後の4月7日、NABF王座の初防衛戦の相手としてバルガスと再戦を行うも7回負傷判定負けで同じ相手に2連敗する結果となりNABF王座からも陥落した。 2002年12月14日、フランシスコ・マテオス(メキシコ)とWBCアメリカ大陸バンタム級王座決定戦を行い初回KO勝ちで王座獲得に成功した。
人物
来歴
バンタム級