ジュニオール・ドス・サントス
2011年
本名ジュニオール・ドス・サントス・アウメイダ
(Junior dos Santos Almeida)
生年月日 (1984-01-30) 1984年1月30日(40歳)
出身地 ブラジル
サンタカタリーナ州カサドール[1]
通称シガーノ (Cigano)
JDS
国籍 ブラジル
身長193 cm (6 ft 4 in)
体重112 kg (247 lb)
階級ヘビー級
リーチ196 cm (77 in)
スタイルカポエイラ
ブラジリアン柔術
ボクシング
チームブラック・ハウス
→チーム・ノゲイラ
→ノヴァウニオン
→アメリカン・トップチーム
トレーナールイス・カルロス・ドレア(ボクシング)
ランクブラジリアン柔術 (黒帯)
総合格闘技記録
試合数33
勝利23
ノックアウト16
タップアウト1
判定6
敗戦10
ノックアウト8
タップアウト1
判定1
⇒総合格闘技記録 - SHERDOG
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ジュニオール・ドス・サントス(Junior dos Santos、1984年1月30日 - )は、ブラジルの男性総合格闘家。サンタカタリーナ州カサドール出身。アメリカ合衆国フロリダ州在住。アメリカン・トップチーム所属。第16代UFC世界ヘビー級王者。計量時のドス・サントス 幼少期にアルコール依存症であった父親が蒸発したため母子家庭となり、貧困から家計を助けるために10歳から働いた。10代の頃にカポエイラを始めた。 2005年にユーリ・カールトンの指導でブラジリアン柔術を始め、わずか6か月でバイーア州のトーナメントで優勝した。その後、ブラジルの名ボクシングトレーナーのルイス・カルロス・ドレアを紹介されボクシングを始めた[1]。 2006年、22歳の時にプロ総合格闘技デビュー。 2008年10月25日、UFC初出場となったUFC 90でファブリシオ・ヴェウドゥムと対戦し、開始から1分20秒に右アッパーでダウンを奪いパウンドでKO勝ち。不利と見られていた戦前の予想を覆す番狂わせを起こし[2]、ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した[3]。 2009年2月21日、UFC 95でステファン・ストルーフェと対戦し、右フックでダウンを奪い開始1分余りでTKO勝ち。 2009年9月19日、UFC 103でミルコ・クロコップと対戦。序盤から打撃で優勢に立ち、3Rに膝蹴りでぐらついたミルコをパンチで追撃し、戦意を喪失させギブアップ勝ち。この試合でドス・サントスは珍しく首相撲からの膝蹴りを多用した。 2010年3月21日、UFC on Versus: Vera vs. Jonesでガブリエル・ゴンザーガと対戦し、ゴンザーガのミドルキックにカウンターの左フックを合わせてダウンを奪い、パウンドで1RKO勝ち。ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した[4]。 2010年8月7日、UFC 117でロイ・ネルソンと対戦し、打撃で終始ネルソンを圧倒して、3-0の判定勝ち。キャリア初の判定決着となった[5]。 2011年3月、リアリティ番組「The Ultimate Fighter」のシーズン13ではブロック・レスナーとそれぞれのチームのヘッドコーチを務め、シーズン終了後のUFC 131で両者が対戦予定であったが、レスナーの疾病による欠場に伴いシェイン・カーウィンとの対戦へと変更された。6月11日のUFC 131ではカーウィンと対戦し、スピーディーな打撃とテイクダウンでカーウィンを翻弄して3-0の判定勝ち。ケイン・ヴェラスケスの持つヘビー級王座への挑戦権を獲得した[6]。 2011年11月12日、UFC on FOX 1のUFC世界ヘビー級タイトルマッチで王者ケイン・ヴェラスケスに挑戦し、右オーバーハンドでダウンを奪い、追撃のパウンドで開始63秒のKO勝ちを収め王座獲得に成功。ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した[7]。 2012年5月26日、UFC 146のUFC世界ヘビー級タイトルマッチで挑戦者のフランク・ミアと対戦し、右ストレートでダウンを奪い、パウンドで2RTKO勝ちを収め王座の初防衛に成功した。当初は同大会でアリスター・オーフレイムと防衛戦を行う予定であったが、オーフレイムが薬物検査をクリアできなかったため対戦相手がミアに変更となった。 2012年11月13日、NIKEとスポンサー契約を交わした事を発表[8]。NIKEとスポンサー契約を交わした総合格闘家としてアンデウソン・シウバ、ジョン・ジョーンズに次ぐ三人目となった。 2012年12月11日、ユーリ・カールトンからブラジリアン柔術黒帯を授与された。 2012年12月29日、UFC 155のUFC世界ヘビー級タイトルマッチで挑戦者ケイン・ヴェラスケスと再戦。右ストレートでダウンを奪われるなど5Rに渡って終始圧倒され、0-3の5R判定負け。約1年越しのリベンジを許し、王座から陥落した。ドス・サントスは試合後に、トレーニングでハードに追い込みすぎたことで横紋筋融解症にかかっていたことを明かしている。 2013年5月25日、UFC 160でヘビー級ランキング9位のマーク・ハントと対戦。1Rにオーバーハンドでダウンを奪うなど序盤から打撃戦で優位に立ち、3Rに右バックスピンキックでダウンを奪いパウンドでKO勝ち。ファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞し、タイトル挑戦権を獲得した。 2013年10月19日、UFC 166のUFC世界ヘビー級タイトルマッチで王者ケイン・ヴェラスケスと3度目の対戦。序盤から一進一退の攻防を繰り広げるが、3Rに右フックでダウンを奪われ、その後ヴェラスケスの猛攻を2R耐え凌ぐも、5RにパウンドでTKO負けを喫し王座獲得に失敗した[9]。
来歴
UFC2011年6月11日、UFC 131でシェイン・カーウィン(左)と対戦するドス・サントス(右)
UFC世界王座獲得