この項目では、飛行機のジェット機について説明しています。日本のロックバンドについては「ジェット機 (バンド)」をご覧ください。
ジェット旅客機
ジェット機(ジェットき)とは、ジェットエンジンを用い、その推力によって飛行する飛行機である。
ジェットエンジンにはターボプロップエンジンも含まれるが、ターボプロップエンジンでプロペラを駆動する飛行機は一般にプロペラ機に分類される。一方、高バイパス比のターボファンエンジンは推力のほとんどを燃焼ガスによるジェット噴流ではなくエンジン前方のファンによって得るが、この場合はジェット機に分類される。
航空法ではパイロットや整備士の資格は発動機(ピストンかタービン)で区別されており、プロペラの有無は問われない。 世界初のジェットエンジン搭載の航空機は1910年のルーマニアで開発されたコアンダ=1910である。だがコアンダ=1910のエンジンは、レシプロエンジンの駆動力で空気を送り込むモータージェットであり、純粋なジェット推進であったわけではなく、飛行自体も失敗に終わった。 世界で初めてジェットエンジン(ターボジェット)の推進力だけで飛行したのは、ドイツのハインケルによって開発されたHe 178である。初飛行は、1939年8月24日に数m上昇したときだというものと、8月27日に本格周回飛行をしたときだというものの、二つの見解がある。だがこの機体は結局速度などの性能が当時のレシプロ機よりも劣っていた事や、政治的圧力により軍用機としては採用されなかった。連合軍側初のジェット試験機はイギリスのグロスター E.28/39で、1941年5月15日に17分間の初飛行に成功したのです。ハインケル He 178 初めて量産されたジェット戦闘機はアメリカ陸軍航空軍P-59で、1943年6月にベル・エアクラフト社に量産型P-59Aを80機発注したが、性能が当時のレシプロ戦闘機に劣っていたため30機製造時点でキャンセルとなり、実戦には投入されずに研究用としてイギリス空軍に1機が提供され、アメリカ海軍にもYF2L-1として3機が提供されたが高い評価は得られなかった。 初めて正式な実戦運用開始された実用ジェット戦闘機はイギリスのグロスター ミーティアで、最初の作戦行動は1944年7月27日に行われ、同年8月4日にV1飛行爆弾を初撃墜。第二次世界大戦期間の最終的な戦果は、V1飛行爆弾を14発撃墜したのみで、その期間内には航空機との交戦経験は無かった。同機は朝鮮戦争にも投入され、最終的に1960年代まで運用された。 初めて航空機同士の交戦を行った実用ジェット戦闘機はメッサーシュミット Me262で、1944年7月に試験飛行中の実験隊がデ・ハビランド モスキートと交戦した。同機の正式な実戦配備は同年10月で、第二次世界大戦末期、ロケット弾幕を用いて連合国軍の爆撃機撃墜で戦果を上げたものの、すでに劣勢にあったドイツは状況的に機体もロケット弾も十分な配備数を揃える余裕も無く、戦況を覆すには至らなかった。橘花
歴史
黎明期
他にも、試作のみで終わったハインケルHe280(ドイツ)、戦闘機として第二次世界大戦末期に配備され実戦にも参加したハインケルHe162(ドイツ)、配備されたが実戦には参加しなかったP-80 シューティングスター(アメリカ)、当初は偵察機として開発され、後に爆撃機へと改変されたアラドAr234(ドイツ)などがある。
ハインケル He 178 V2 (試作2号機)
グロスター E.28/39